2009年07月14日

社団戦記4 −完勝−

 続いて本日の最終戦。相手は学習院櫻将会。3戦連続で大学将棋部のOBチームと当たるわけだ。一口にそう言っても、若いチームもあればベテラン中心のチームもあり、構成はそれぞれ違うのだが。ちなみに、学習院櫻将会は比較的若い人が多かった。
 ようやく大将席から離れ、今度は七将での出場。必ず端に配置されるというのは、真ん中の方だと邪魔だということだろうか。まあ、そういう起用法でも別に不満はないが。
 私の将棋は相手のウソ矢倉で、私は急戦で対抗。24で何局か指したことのある形になり、無理筋だと思っていた変化に相手が飛び込んできた。慎重に時間を使い、攻めをいったん受け止め、そして反撃の時を迎えた。09Jul06-4 54手.gif
 図から▲5二銀△3二玉と進み、そこで▲4五歩が実に気持ちの良い一手。相手はここで長考に沈んだが、もはや適当な受けはない。長考中に観念したのか以下はバタバタと進み、69手という短手数で私の勝ちとなった。
 団体戦でこんなに楽な勝ち方ができることは滅多にない。既にかなり疲れていて、体力勝負には不安があったし、ありがたい展開だった。そして、後で気付いたのだが、1日に3勝したのはなんと1年8ヶ月ぶり。これはなんと言えばいいのか…。

 チームはまたも苦戦を強いられ、2-2の状態が長く続いた。運営の都合により、残った対局は1手20秒となる(社団戦ではいつものことだ)。ウエスタンの残る3人はいずれも優勢だったが、秒読みが60秒の大学将棋にどっぷり漬かった面々なので、そのあたりに不安はあった。しかし、それは杞憂だったようで、3人とも勝ち。こうして、ウエスタンBは初日全勝という素晴らしいスタートを切ることができた。
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2009年07月12日

社団戦記3 −凌ぐ−

 負けた後どう過ごすか、それは大きな問題である。先の負けをなるべく引きずらないようにしなければならないのだが、社団戦は次の対局までの時間が短く、できることは限られている。会場はビルの5階で、人が多くエレベーターも混雑するから、外へ出るのも一苦労だ。
 しかし、それでも私は外へ出ることにした。とにかく頭を冷やさなければならないと思ったのだ。チームメイトの某君を強引に誘って、道路を挟んだ向かい側にあるコンビニへ。栄養ドリンクを買って、店の前の歩道で飲む。そのくらいで元気になるほど単純にはできていないつもりだが、それでも多少は効果があっただろう。

 会場に戻ってきた時には、既にオーダーは決まっていた。次は東洋大学白山会2との対戦で、私は再び大将での出場だ。大将だから相手がきついということもない(まあ平均すると5〜7将よりは強いだろうが)し、特に嫌う理由はない。私は対局中に席を外すことが多いので、好都合であるとも言える。
 さて、今度は相手がノーマル四間飛車を採用。私はもちろん穴熊に潜る。振り飛車の指し方が消極的で、こちらは積極的に仕掛けて優勢を築いた。私は大駒を全て取るなど快調に指し進め、図の局面を迎える。09Jul06-3 97手.gif
 私はここで決めに出た。△1六桂▲2七玉△3九龍▲同銀△同馬と進行。飛車を渡したが、▲4一飛は△2一銀で耐えている。相手は△2一銀に▲1三香不成ときたが、△同金▲同桂成に△2八金から詰まして勝ち。
 後で冷静に見てみると、図の局面は反則でもしない限り負けようがない。△2一玉▲1三香成△3二金としても楽勝ではないか。しかし、対局中はとてもそうは思えなかった。逆転負けを恐れ、怯えていたのだ。まだ先の負けを引きずっていて、本調子ではないように感じられた。
 
 チームは4-3の辛勝。あと1つからが長かったが、なんとか凌ぎきった。私を含めて悪い負け方をした者は何人かいるのだが、他のメンバーがうまくフォローできている。チームの状態は良好だ。
posted by せた at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

社団戦記2 −7年ぶりの大逆転負け−

 次は東農大OBとの対戦。私は再び大将としての出場となった。まだ2試合目だし、小細工をする必要は全くない。エースが来ようが当て馬が来ようが、堂々とぶつかればいい。

 私の将棋は相手の四間飛車から相穴熊に。定跡形で見慣れた進行だったが、それでも相手の早指しは異常なくらいだった。自分が指してから1秒もしないうちに指してくる。こちらも時間で大差をつけられるのは嫌なので、すぐ指せるところはすぐに指したが、仕掛けのあたりで長考に沈んだ。団体戦だし、熱くなって手拍子で指すのは相手の思う壺だ。09Jul06-2 131手.jpg
 落ち着いて攻めたのが良かったのか、局面はいつの間にか堅い、攻めてる、切れないという形に。いわゆる穴熊の必勝パターンである。問題はこちらが30秒将棋で相手は20分以上残していることだが、自玉は絶対詰まないので考えやすい。少しもたついたものの、上図の局面では勝ちを確信していた。
 ここでの私の読み筋は、△4六銀▲同玉△4三飛▲4五歩△同飛▲同玉△5五金▲4四玉△4二銀(下図)で必至。しかし、△4三飛に▲3七玉と引かれ△2八銀▲同玉△4八飛成▲3八金となった時に、持ち駒に銀がないと詰まない。ゆえに△4六金▲同玉△4三飛▲4五歩となったが、ここで私は誤算に気付く。最後に残るのが銀だと、前述の手順の△4二銀が必至になっていないのではないか…。時間に追われ咄嗟に△5五銀と打ったが、相手は間髪を入れず▲3七玉。明らかに変調である。09Jul06-2参考図.gif
 大半の読者諸兄はお気付きかと思うが、持ち駒が金だろうが銀だろうが、前述の△4二銀までで必至である。▲5三飛などと受ければ△3三銀打以下簡単に詰むわけだが、情けないことに私はこの△3三銀打が全く見えておらず、4五に打つ金がないとダメだと思ってしまっていたのだ。
 これまでの履歴をリセットして考えられないのが私の悪いところで、局面はまだ優勢なのだが、動揺から頭はすっかり混乱してしまった。その後も悪手を乱発し、まさかの大逆転負け。
 これほどの逆転負けは7年前の中部オール学生(私と長い付き合いの方はわかる…かな?)以来である。頭が熱いどころの話ではない。一軍戦でこれをやらかして3-4なら、その日はもとより数ヶ月は立ち直れなかっただろう。
 私が投了したときには、まだチームの勝敗は決まっていなかった。私の将棋も167手という長手数だったのだが。残っている対局を見る限り、なんとか凌いでいそうではあったが、相手が投了するまで負けの可能性は常にある。チームが早々と1敗を喫する可能性、私が取り返しのつかない大失態をしたことになる可能性は、まだ残っている。なんとか助かっていてほしい。私はただ願うばかりだった。

 相手方の選手が詰み筋をうっかりして、3-3で残った副将戦はあっけなく終わった。助かった。負けなくて良かった。
 まさに冷や汗モノの勝利。チームを、そして私を救ってくれたチームメイトには、ただただ感謝の一言である。
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2009年07月08日

社団戦記1 −背負いなれたプレッシャーとともに−

 大将の席に着く。盤から離れて座る。茶と目薬と扇子を机に置く。いよいよ、社団戦が始まる。
 社団戦は3回目だが、今回の自分の立場は、これまでとは違う。理屈抜きに自分が勝つこと、それが仕事である。昨年や一昨年と異なり、今年のチームには全国クラスの強豪はいない。ゆえに、自分くらいの実力の者がしっかり勝たなければならないのだ。
 そんな状況だから、プレッシャーはあった。しかし、それは昨年のプレッシャーよりははるかに健康的なものだった。昨年は強いチームの控え選手という立場で、自分が勝ってチームメイトに戦力として認めてもらわなければという思いで戦っていたのだが、それは劣等感からくるプレッシャーであり、弱いチームの主力選手を長年やってきた自分には違和感もあった。それに比べると、今回のプレッシャーは慣れ親しんだものだ。
 目標は12勝以上。勝率で言うと8割以上ということになる。一昨年は3部で6勝2敗だったから、4部で出る今回は、少なくともそれ以上の勝率を残さなければなるまい。あわよくば全勝という思いも、もちろんあった。
 しかし、不安がないわけではなかった。最大の問題は自分の性格である。落ち込むと立ち直れないから、昨年のように連敗地獄にハマってしまう恐れもある。4部だから最終的には指し分けくらいで凌げるだろうが、チームの戦力を考えるとそれで良いはずがない。
 自分の浮沈のカギは初戦だと思っていた。ここで負けると、昨年の悪夢がまたよみがえる。そうしないためには、とにかく勝つしかない。

 さて、その初戦は相掛かりになり、先手の私が先攻した。けっして成算があったわけではないが、駒組み合戦で持ち時間を使い果たす展開は避けたかった。秒読みには自信がないし、私の序盤力では駒組みが長いと不利だ。仕掛けていい勝負だと思ったら気合良く仕掛けようと、前々から決めていた。
09Jul06-1 42手.jpg 図は中盤戦。私が▲4五歩と突いたのに対し、△5三銀と駒を足されたところである。今見ると、7九の銀が私の焦りを物語っているような気がしなくもない。
 ここで少し考えて▲4四歩△同銀▲1五歩と攻める。これに対し、相手は5分以上考えて△2四銀。どう見ても非常手段という手である。ここで局面も心理面も優勢を意識。以下▲同銀△同歩▲1四歩とすると、△1二歩と受けられた。▲1四歩の瞬間が甘いので反撃があるかと思っていたが、相手は辛抱を選んだわけだ。しかし、▲4五歩からさらに攻め立てると、相手はあっさりと土俵を割った。71手で先手勝ち。
 こうして、今年の初戦は快勝となった。しかし、まだしっくり来ないような感触があった。たまたま結果オーライだっただけで、相手のちぐはぐな指し手に助けられたという感が否めなかったからだろうか。とにかく勝たなければならない立場だから、安堵感はもちろんあったが。
 チームは6-1。3部復帰に向けて、まずは好スタートを切ったと言えるだろう。
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2009年06月29日

阪神戦

「神将でも何かしたいよなー」
 そもそもの始まりは、GWのウエスタン旅行の帰路にて発された一言だった。一緒に行動していた小林一三君と私の、どちらからともなくそんな話になった。
 とりあえず東京で対抗戦をしよう。相手は阪大を誘ってみよう。と、ここまではあっさり決まった。阪大は若手OBのチームが社団戦に出ているから人を集めやすいだろうし、主要メンバーとも面識がある。
 善は急げということで、その夜阪大OBの葉狩氏に電話。返事は言うまでもない。そこまで想定して、阪大を誘ったのだ。
 とりあえず参加できそうなメンバーの状況を確認した上で、数週間後に打ち合わせを行う。その席で、人数次第ではチェスクロックが足りなくなる可能性があることが判明したため、チェスクロック1個を購入して勝利チームへの賞品とすることに(費用はもちろん敗者負担)。そのほか、対局システムや準備の分担などを決めた。

 当日、朝9時半に銀座に集まり、皆で某喫茶店へ。この喫茶店に付属する会議室が、対抗戦の会場なのだ。コーヒーを飲みながら、相手チームの到着を待つ。しかし、それらしき団体はいっこうに現れず、開始予定時刻を過ぎた。OBの近況や現役の活躍など話題は腐るほどあるので退屈はしないが、苛立ちがないと言えば嘘になる。葉狩氏に電話してみたら、地名を勘違いして全く違うところ(さすがに銀座界隈だったようだが…)に行っていたとのこと。
 結局、相手チームは15分遅れで登場。何も遅刻のペナルティを考えていなかったことを少し後悔しつつ、我々は会議室へ向かった。

  さて、まずは15分60秒での対局である。小細工なしで勝負するオーダーを組んだら、相手も同じ考えだったようで、5-0から0-5までありそうという、エンターテイメント性の高い当たり方になった。
 私の相手は吉川氏。強敵だが過去の対局では幸いしている。序盤で駆け引きがあったが、相掛かりの相中住まいで落ち着いた。
 相手の仕掛けにより、私の陣の左辺から開戦。端を絡めた攻めに対し、私は空中にいた飛車を殺して対抗したのだが、これが良くなかった。駒得ながら右辺の壁が痛く、一方的に攻め倒されてしまった。飛車を殺す前に壁形をほぐしておく必要があったようだ。
 隣の小林君が純粋王手飛車を食らうなど、他の神将OBも精彩を欠き、結果は1-4。完封負けを逃れるのがやっとだった。当たりを見た時点でこうなる可能性もあると認識していたが…。

 昼食は神将OB6人で近くのイタリア料理屋へ。同じ料金なのに、パスタは少量でピザはボリューム満点なのがまことに不思議であった。朝の続きのような感じで雑談をしたくらいで、他に特筆すべきことはなかった。

 午後の1局目は10分30秒での対戦。初戦と全く違うオーダーを組んだら、今度は主力同士の対決がなく、神将側がやや不利な当たり方になった。
 私の相手は金岡氏。チェスクロック献上を免れるためには、絶対に負けられない対局である。横歩取りに誘導したら相手は気合良く乗ってきて、8五飛の昔(佐藤−丸山の名人戦の頃)流行した変化に。学生時代の経験が生きる展開で、ほどなく優勢になり、以下無難に勝ちきった。
 今度は接戦になり、2-2で副将の笹尾−吉川戦が残った。優勢な吉川氏が危険な順を選んだのでチャンスが来たかと思われたが、こちらの玉にぴったりの詰みがあった。かくして、チームの負けは早々と決定してしまった。

 最後は10秒将棋勝ち抜き戦。観戦で盛り上がるために敢えて勝ち抜きにしたのだが、チームの勝敗が既に決まってしまっているのが口惜しい。
 阪大神大阪大と交互に勝ち、ここで私の出番となった。相手は金岡氏。今度は矢倉に誘導されたが、急戦を仕掛けて必勝形に。その後多少もたついたものの、大差だったので無事に勝ちきった。
 次の相手は中野氏。相手チームでトップクラスの難敵だ。早石田をされたので乱戦を挑んだ(序盤力がないので駒組み合戦になると必敗なのだ)が、いきなり見落としがあって不利に。これは投了寸前か。しかし、良過ぎて困ったのか相手が自爆、大きな駒得で優勢になった。
 相手からの速い攻めを消し、あとはこちらから攻めるだけ…なのだが、相手玉が堅くどう攻めたら良いのかわからない。結局危険な攻め方をしてしまい、形勢は混沌。10秒だから萎える暇はないが立ち直る暇もなく、訳がわからなくなり、最後はきっちり逆転してしまった。感想戦をする気力も立ち上がる気力もなく、投了後しばらく動けなかった。
 残る2人も中野氏に打ち取られ、10秒勝ち抜き戦が終わった。自分がちゃんと勝っていれば、逆の流れになっていたかもしれないのだが、まあ弱かったということだ。そして、対抗戦は神将の完敗という結果で幕を閉じた。

 続いて打ち上げに向かおうというところで、現役部員から連絡が。神大が大阪市大を下し、第2代表戦の決勝に進出したとのこと。これはものすごい快挙で、自分達が負けた悔しさはいっぺんに吹っ飛んでしまった。
 打ち上げには阪大チームの全員と、神将から私と小林君が参加した。この出席率の差は、両チームの性格を的確に示している。他大学の飲み会に参加することもあった私などは、神将では異端の部類に入るのだ。
 勝った相手チームはもちろん、我々も現役が勝ったから非常に機嫌が良い。お互いのOBの近況や、将棋界の課題など、さまざまな話題で盛り上がった。余談だが、朝昼としっかり食べた上に酒もほとんど飲めない私は、支払いでずいぶん損をした気がする。昼をピザでなくパスタにしておけば…。

 締めは麻雀。小林君は全く打てないので、面子は阪大3人と私。したがって、阪大ルールが適用された。阪大ルールと言っても神将ルールに非常に近く、違いと言えば西入の条件(阪大ではトップ目が33400点持っていないと西入になる)くらいだった。
 勝利の女神はなぜかここで私に微笑み、最初の半荘は倍満ツモ2回でぶっちぎりのトップ。次の半荘は3着だったが、先の貯金が大きく快勝で終わった。
 そして私は、勝つところを間違え過ぎだと思いつつも、上機嫌で帰路についたのだった。

 昔の私ならば、ここで総括と今後の課題ということになるのだが、今回に関しては、やったことに意義があったと思っている。負けたのは残念だが、楽しい1日を過ごせたのだから、それで満足すべきだろう。両チームとも都合の悪く参加できなかったメンバーがいたので、次の機会があればもっと大人数でしたいものである。
 阪大チームの皆さん、どうもありがとうございました。またの機会があればよろしくお願いします。
posted by せた at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

6年ぶりの学名応援

 家からの移動時間は1時間足らず。会社からだとわずか5kmほど。それなのに、心理的には実に遠く感じられる場所。将棋会館とは、そんな場所だ。
 学生時代、ここに選手として行きたいと思っていた。団体戦ほど情熱を傾けることはなかったが、それでも関西個人戦やオール学生に出場し、上をめざして戦ってきた。しかし、私の実力では将棋会館は遠かった。最も近づいたときでも、あと3勝が必要だった(余談だが、四日市で行われる十傑戦はあと2勝のところまで行った)。
 そんな将棋会館に、応援に行けることになった。母校の後輩である出口雄大君が、学生名人戦の出場権を得たのだ。神戸大学としては6年ぶりの快挙である。3月までは全く考えてもいなかったことで、ただ嬉しいの一言だった。自分が行けなかった大舞台に応援に行かせてもらえるというのは、OBとしては最高の幸せである。

 5月23日(土)、1回戦の序盤戦が繰り広げられている頃に、将棋会館に到着。廊下に神大OBの小林一三君がいたので声をかけ、2人で対局室へ。
「あの茶髪でスーツの子が出口君です」
 小林君に教えてもらう。今風の青年で、およそ神戸大学将棋部の一員とは思えない。新たな時代の到来を実感した。
 その出口君の1回戦は快勝。関東代表として学生名人戦に出場するほどの選手を圧倒するくらいだから、やはり相当強い。これで神大としては13年ぶりの領域に到達した。小林君によると2回戦の相手は相当な強敵のようだが、こうなると上位進出を期待してしまう。
 その後、小林君とドトールで雑談し、2回戦の対局開始に合わせて戻る。いつの間にか観戦者も増えてきた。対局数が1回戦の半分で、人が集中するようになるというのもあるだろうが。
 出口君の2回戦はゴキゲン中飛車VS△7四銀急戦で、小競り合いの後、第2次駒組みが延々と続いた。双方たっぷり時間を使っている。振り飛車の出口君が指せそうに見えるが、実戦的にはいい勝負か。
 他の対局が次々と終わっていく頃に決戦となり、しばらくして居飛車がはっきり優勢になった。6七にいた振り飛車の左金は8六へ追いやられ、7三にいた居飛車の右銀はいつの間にか5五で威張っている。
 勝敗が誰の目にも明らかになっても、出口君は指し続けた。投了する気にならないのだろう。やはり学生はそうでなければ。しかし、奇跡は起きず、神将の6年ぶりの学生名人戦は、ベスト16という結果で終わった。
 感想戦終了後、出口君のところに若い選手が何人か集まり、しばらく雑談をしていた。学生時代にも何度となく見せられてきた光景だ。中学・高校で全国大会の常連だった者は、全国に友達がいる。自分のような三流選手との違いを見せつけられるのは、盤上だけではなかったのだ。しかし、神大将棋部にもようやく、強豪とのパイプを持っている時代が訪れた。そう思うと、感慨深いものがあった。
 3回戦の設営が始まったため雑談は終わり、出てきた出口君と山田祥五君(京都大)に声を掛けて、小林君も合わせて4人でドトールへ。関西学生棋界の近況など、主に将棋の話で盛り上がった。2人とも爽やかな好青年で、大学将棋部員にありがちなアクの強さがまるで感じられない。将棋で負けた後だというのに、偉いものだと思った。
 小1時間ほど雑談して、再び将棋会館へ。3回戦の対局はまだ序盤から中盤の入口で、勝負どころは先のようだ。控室に行ってみたが、既に満員で入るスペースがない。過ごし方が難しいし帰ろうかと思った。他の3人も同じことを考えていたようで、まず小林君が帰り、私と学生2人もほどなく将棋会館を後にした。
 山田君とは千駄ヶ谷駅で分かれ、友人に会いに行くという出口君と秋葉原まで一緒に行く。将棋以外の話もいろいろ聞いてみたが、しっかりとした考えを持っているようで、実に頼もしい。団体戦でもエースとして活躍してくれそうだ。

「ありがとう」
 出口君にかける言葉は、それ以外に思いつかない。彼が活躍したから、我々は応援に行けた。すなわち、彼のおかげでOBとしての最高の幸せを味わうことができたのだ。ただただ感謝するばかりである。
 しかし、彼はこの結果に満足しているはずがない。もっと上をめざしていることであろう。私にできることは何もないが、そんな彼が、そして神戸大学将棋部が、それぞれの目標を達成してくれることを、心より願っている。
posted by せた at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

久々の大会

 久しぶりに、24以外で将棋を指した。アマ竜王戦の東京都予選である。社団戦も近づいてきたので、調整のために実戦で鍛えておかねば。
 奈良県の大会なら2日目進出(ベスト8)を目標に掲げるところだが、残念ながらここは東京だ。当然、非常に層が厚い。予選(1勝通過2敗失格)突破が現実的な目標だろう。
 会場は日本青年館。将棋の大会などで何度か行ったことがあるが、ここで幸せになった記憶は全くない。まあ、そんなことは考えても仕方がない。とにかく全力を尽くすのみだ。

 予選の1局目、相手の作戦は一手損角換わり。相右玉から私が仕掛けたものの、これが無理筋で圧敗。全く将棋を指したという感じがしなかった。まあ、体力を温存できたから、大熱戦の末に負けるよりはマシなのかもしれない。
 1敗同士の2局目というのは嫌なものだ。お互いなんとか1勝はしたいと思っているだろうが、その思いが悪影響を及ぼすこともある。若い人を引いたら嫌だなぁと思っていた(若手、特に大学生は執念が強い人が多い)が、ベテランとの対戦となった。
 その2局目、今度は矢倉模様から相手が右玉に変化。自信のない局面が続いたが、強引に攻めたら相手が弱気になり、なんとか攻め倒した。これで最低限の目標は達成だ。
 あとはボーナスゲームだが、本戦の抽選で見事に0回戦を引く。相手は聞いたことのある名前。これは強豪を引いてしまったか。まあ、予選も突破したし、思い切り良く指すだけだ。ここで昼食休憩となり、近くのカフェでコーヒーとサンドイッチをいただく。将棋に関しては今さらジタバタしても仕方がないので、携帯電話で競馬の情報を見ていた。
 そして本戦0回戦、またも1手損角換わりをされる。今度は普通の相腰掛け銀になった。先手だが千日手でもいいかと思い(角換わりより急戦矢倉の方が勝率が良い)、じっくり指していたものの、相手に先攻させたのはどうだったか。受け一方では勝てないとみて、質駒ができたところで反撃に出たが、きっちり余されてしまった。

 今回の結果は、可もなく不可もなしといったところだろう。24があるとはいえ、長期休養明けであっさり勝てるほど甘いものではない。
 収穫は、時間一杯考えることができたことである。少なくとも、手拍子で悪手を指すということはなかった。悪手はあったが、それはしっかり考えた結果であり、実力が出ただけのことだ。
 社団戦開幕まであと2ヶ月足らず。いろいろと用事は入ってきそうだが、なるべく将棋に触れるようにはしたいと思う。昨年の社団戦が不本意な結果だっただけに、今年こそは結果を残したいものである。
posted by せた at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

充実の旅

「終わった〜」
 そう思ったのは、5月5日の昼前のこと。こんな感覚は、いったいいつ以来だろうか。達成感、安堵感、そして脱力感。自分が企画し、プランを立て、面子を募り、宿を手配し、資料を作り、現地においても幹事として緊張感を持ち続けた旅行。それを終えた時の感慨は、実に懐かしく、心地よいものだった。

 本格的に計画を立て始めてから約1ヶ月半、けっして平坦な道のりではなかった。3月下旬から4月上旬は仕事が非常に忙しく、計画を立てるには睡眠時間を削るしかなかった。効率は上がらず、リストアップした宿は次々と満室になっていった。
 面子集めも難航した。年を取るにつれて各人が抱えている物が増え、スケジュールの融通が利かなくなっているのだ。シャオリン氏の助力によって、なんとか宿に申し訳がたつ人数にすることができたが、彼の力がなければ痺れているところだった。
 出発前日、私は早めに仕事を切り上げ、会社のパソコンでせっせと資料を印刷した。怠け癖もあって、用意する暇をそれまで取れていなかったのだ。それを各個人用にまとめたのは当日朝の新幹線でのこと。こんなにギリギリまでバタバタしたのは、おそらく初めてだった。

 しかし、始まってしまえば、あとは楽なものだった。迷子になったりトラブルを起こしたりする者もなく、食事の時にはちゃんと全員が集まる。特に何もしなくても、たいていのことは自然に進行していく。ありがたいことである。
 2日目の朝、目的によって3グループに分かれたあたりで、もう大丈夫だという確信があった。集合、移動、観光、食事、睡眠と一通りのメニューをこなした中で、問題が起こりそうな気配がなかったのだ。
 そしてその翌日、特に何事もなく解散の時を迎えた。準備段階は長かったが、実際に旅行していた丸2日あまりの時間は実に短かった。それだけ、楽しく充実した旅行だったということだろう。

 イベントを終えて実感したのは、自分はこのような幹事仕事が好きだということ。そして、それが心の支えになってくれるということ。終わる前と終わってからでは、気持ちの張りがまるで違う。
 年のせいもあってか、最近は自分1人のために頑張ろうという気持ちにはあまりならない。結婚活動と転職活動はやっているが、それらは基本的に孤独な活動であり、楽しいものではない。目先の楽しさを求めるならば、他者のために何かをするほうが数段いい。
 ゆえに、今後も数ヶ月に1度はイベントを企画していきたいと思う。そうやって気持ちの張りを維持していくことが、個人としての活動にも良い影響を及ぼすだろう。他者の迷惑にならない程度に、頑張っていく所存である。
posted by せた at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

田舎歩き

 群馬県に行ってきた。用事があって出かけたのだが、不慮の事故によりそれがキャンセルになり、そのまま帰京するのはもったいないということで、群馬をぶらぶらしてきた。
 用事がキャンセルになったのは午前10時過ぎ、私は高崎駅にいた。とりあえず本屋に行って周辺の観光などの情報を収集する。そして、上信電鉄というローカル私鉄に乗ってみることにした。乗り慣れたJRではなく、私鉄で田舎に行ってみようと思ったためだ。
 朝が早かったうえに前日までの疲れがまだ残っていたので、途中下車は復路に回して、終点の下仁田(しもにた)まで行く。さきほど上野から高崎までずっと寝ていたにもかかわらず、まだ眠気が取れない。車窓の風景がそれほどでもなかったこともあって、途中で眠りに落ちた。
 目を覚ましたのは終点・下仁田の手前。いつの間にか車窓から見える人家は減り、緑の山々が目立つようになっていた。のどかでいいところのように思われたので、このあたりを歩いてみることにした。
 地図で見たところ、下仁田駅から1つ手前の千平(せんだいら)までの距離は3kmばかり。歩くのにはちょうど良い距離だろう。千平駅の近くには不通渓谷というプロットが置かれており、それにも興味を引かれた。
 まずは広い道路を進んでいく。それなりに家屋や店もあるが、東京に比べたらのどかなものだ。道路に沿って流れる川は深い谷を形成していて、橋と水面とではかなり標高差がある。ほとりには八重桜が植えられていて、まだ花が咲いていた。また、畑があちこちにあり、土のにおいが漂っている。東京はもちろん、地元の大和郡山でもめったに感じることのない香りだ。DSCN0613.JPG
 寄り道をしながら小1時間歩いたあたりで、「←不通渓谷」という標識を発見。ローマ字表記を見て初めて気付いたのだが、「ふつうけいこく」ではなく「とおらずけいこく」と読むようだ。もちろんここで左折。途中で道を間違えたりもしたが、無事に渓谷にたどり着いた。ものすごい絶景というわけではないが、なかなか良い景色だった。
 DSCN0619.JPG
 そこから5分ほど歩いて千平駅に到着。簡素な造りの無人駅だが、それなりに風情があった。次の高崎行きの発車まで30分ほどあったが、疲れていたので動き回らず休憩。そして、乗り込んだ電車の中で、私は再び眠りに落ちた。

 月に1度くらいは田舎に行こうと思ったのは、昨年の12月のことだったか。その後、1月こそ信州方面に出かけたものの、2月3月とどこにも行けなかった。窮屈な都会にずっとこもっていたわけだ。しかし、心身の健康を考えると、それは好ましい状態であるとは言えない。
 今回下仁田方面に行ったのは当初の予定が変更されたためであり、本来の目的を果たせなかったことは残念である。しかし、その割には良い過ごし方ができたのではないかと思う。
 また機会を見つけて、田舎散歩を楽しみたいものである。
posted by せた at 01:12| Comment(0) | TrackBack(4) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

時の流れとともに

 1日だけ帰省してきた。目的は、奈良県高校の最強者決定戦に顔を出すためである。7〜8年前から毎年この時期に行われているイベントで、中学生や高専生も参加しており、OBも多く顔を出している。
 11年も前に卒業したOBで、しかも東京在住という私が、わざわざ出かけた理由は2つあった。1つは奈良県高校棋界の現状が心配だったから、もう1つは「熱く生きる」という今年のテーマに沿って行動しようと考えたからである。
 前者については昨年5月にも少し書いたが、奈良県全体のレベルは数年前に比べてかなり下がっていて、昨年のGWの大会は活気も今一つだった。ゆえに、それからどうなったがかなり気になっていたのだ。ただの一OBで強豪でもない私にできるのは微々たることだが、それでもいないよりはいいだろう。
 続いて後者だが、正月に今年のテーマとして「熱く生きる」を挙げたものの、仕事が忙しく、具体的な行動には移せないでいた。そのため、ここらで何か行動しないと、テーマを設定した意味がなくなってしまうように思った。そして、自分の持つ「熱さ」を満足させるイベントとして、ちょうどこの最強者決定戦があった。

 では、私が会場で何をしていたかというと、別に大したことはしていない。将棋は2局指して1勝1敗、あとは運営の手伝いをしたくらいである。頼りになる若手OBが何人も来ていたので、私が動き回る必要はなかった。
 それでも収穫はあった。わざわざ行っただけの価値はあったと思えた。それは、参加者がかなり増えていて、活気も戻っていたことをこの目で確認することができたからだ。
 確かに、まだまだレベルは低い。時間を使わずに負けるものも少なくなかった。しかし、これだけ盛況であれば、レベルはおのずと上がっていくだろう。また、誰にでもチャンスがあるという状態も、悪いものではない。大切なのは、これからしっかり鍛えていくことであろう。
 また、大学生の若手OBがたくさん来てくれていたのもたいへん嬉しかった。彼らと同等の力を持つ現役の選手はおらず、彼ら自身の鍛錬にはならないのだが、それでも地元の後輩を鍛えてくれるというのは、非常にありがたいことだ。

 このイベントに参加するのは、今年が最後になるかもしれない。大学生が何人も来てくれているから、もうわざわざ行かなくてもいいかなという気もしている。他のOBと交流したり、顧問の先生方に挨拶をしたりという機会は、他にもあるのだ。
 私は今年30歳になる。高校のOBとしては、もはや若手ではない。また、特別な待遇をしてもらえるほどの実力を持ち合わせているわけでもない。淋しさはあるが、これが現実だ。
 一方で、30歳前後でしなければならないこともある。自分の家族を持つことである。家族を持ち、子供を生み育てることによって、若者が生産されるのだから。そして、それが文化を後世に残していくことになるのだから。
 6年前、最後の一軍戦を戦ったとき、自分たちの時代が終わったことを実感した。そして、そのときと同じような感情を、今の私は抱いている。当時と同様に、これは自然の成り行きだと思う。そう思わせてくれた現役および若手OBの諸君には、感謝の念を持たなければなるまい。
posted by せた at 01:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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