2008年01月28日

銭湯へ

 さきほど、近所の銭湯に行ってきた。アパートからの移動時間は約1分。まさに目と鼻の先である。
 船堀は銭湯が多い。西北西に6〜7分ほど歩いたところと、東南東に6〜7分ほど歩いたところにもある。定休日はそれぞれ違うのが嬉しい。また、駅の近くには健康ランドもある(私は行ったことがないが)。理由はわからぬが、そういう土地柄なのだろう。
 行きつけの「あけぼの湯」は、江戸時代から営んでいるという老舗で、加温しているとはいえ、れっきとした天然温泉である。設備は古いが、多彩な風呂と天然温泉は魅力的だ。

 日曜の午後11時過ぎから銭湯に行くのは、上京してすぐ習慣になった。1週間の疲れを癒やし、新しい1週間のために英気を養う。手軽にそれができる場所として、銭湯はうってつけだった。
 ところが、いつの間にか行く頻度が下がってきた。寒くて面倒だからか、料金(430円)がもったいないからか。とにかく、最近は月に1〜2回しか行っていない。
 今回行ったのは、疲れが溜まっているという実感があったのが第1の理由である。しかし、理由はそれだけではない。体重が非常に気になっていたのである。

 実は、このところ食欲が旺盛で困っている。3度の食事はもちろんのこと、間食もしっかりとっている。ストレス、寒さ、歯の治療が終わったことなど、いろいろ理由は考えられるが、とにかく自分でも驚くほど食べている。
 そんな状況だから、体重が増えないはずがない。問題はどのくらい増えているかだ。自己ワーストを更新しているようだとまずい。見た目もさることながら、健康への影響も懸念されるところだ。
 そういうわけで、なるべく早く体重を量っておきたかったのである。実際に数値を見ることによって、現実を把握して対策を立てることができる。

 さて、ゆったり湯に浸かった後、体を拭いて体重計へ。目盛りは一瞬のうちに半回転し、さらに少し進んで止まる。さあ、今の体重はどのくらいだろう?
 目盛りを見る。理想の体重よりは5kgほど重いが、自己ワーストまではまだ1kgあまりの余裕があった。喜べるような数値ではないのだが、それでも安堵感を覚えた。それだけ体重の増加を危惧していたのだ。

 しかし、まだ油断はならない。あと2週間くらいはストレスの溜まる状態が続きそうなので、まだ暴食は収まりそうにない。
 下手に抑制すると余計にストレスが溜まりそうなので、今のところは「まあ気をつける」くらいの対策に留めるつもりだが、それでも銭湯には週1回は行くようにしたい。数週間体重を量らなかったら、恐ろしいことになりそうだから…。
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2008年01月23日

乗り過ごし

 この文章は、急遽差し替えたものである。他の題材で書き進めていたのだが、それはいつでも使えるネタであり、新たなネタを作ってしまったからには、差し替える以外あるまい。

 いつものように松屋神田小川町店で夕食を済ませた私は、終電の1本前の電車に乗った。場所は前から6両目の真ん中あたり。時間がギリギリだったので、階段のすぐ近くの車両に乗るしかなかった。
 私は携帯電話を取り出した。最近ブログを更新していないし、何か文章を作ろう。しかし、考えてみれば今日はほぼ仕事しかしていない。そうなると最近思っていることを何かまとめなければならないわけだが、何かあったかなぁ。
 数分後、1つネタを思いついた。これならブログ1本分の内容になりそうだ。私は文章を書き進めた。なかなか順調に進み、「どうせ更新は帰宅後なのだから少し置いておくか」などと思うこともなかった。
 ある駅に着いた。出口が左側、相対式ホームの地下駅。住吉だ。船堀まであと4駅、所要時間は8分ほど。もう少しブログを進められる。そう判断した私は再び携帯電話のモニターを覗き込んだ。

 次に窓の外を見た時、電車はある駅を出るところだった。出口が左側、相対式ホームの地上駅。東大島か船堀だ。そこでヤバイと気付いたが、時既に遅し。動き始めた電車の窓から、「船堀」という駅名票が目に入った。
 さあどうしよう。とりあえず次の一之江で降りるしかないが、反対方向の電車はあるのか。なかったら歩くしかない。徒歩だと30分近くかかるが、タクシーを使うのはもったいない。船堀−一之江間の運賃170円も取られるし。まあ、これをブログのネタにするとして、文章を打ちながらトボトボ歩くか。
 そんなことを思っているうちに一之江に到着。反対方向の乗り場には、わずかではあるが待ち客がいた。助かった。大島行きの終電が残っていた。
 5分後、東京とは思えないガラガラの電車が入ってきた。待避線のある大島まで行くのが目的のような便だが、私にとってはまさに救いだった。

 こうして無事に帰宅できたわけだが、考えてみれば、この失敗にははっきりした理由があった。問題は、前から6両目に乗っていたことである。
 船堀駅で降りるのに最も便利なのは3両目、次が5両目だ。この時間帯は毎日乗っている通勤客がほとんどなので、3両目や5両目は船堀で降りる客の割合が高い。ゆえに、このあたりの車両に乗っていれば、何かに集中していても船堀に着いたことはわかる。降車客の動きにどうしても巻き込まれるのだ。
 ところが、今回乗っていた6両目は、船堀での客の動きがほとんどなかった。だから集中が途切れなかったのだ。

 いつもは3両目に乗っている。小川町駅で30秒でも時間があれば、3両目の乗車位置まで移動している。10秒あれば、5両目には行くようにしている。
 理由は簡単で、降りるときに便利だからである。だが、その理由とは別に、この習慣には大きな効果があったことに気付かされた。1つの決まったパターンが、乗り過ごしを防いでいたのだ。
 同じ車両に乗っている客のうち、半分ほどは船堀で降りる。だから、船堀に着いたことが容易にわかる。これが、いつの間にか体に染み付いていた。そのため、車内に動きがほとんどなかった場合、船堀に着いたことに気付かないのだ。

 幸いにして、今回の授業料はタダで、時間のロスも10分ほどで済んだ。終電でこれをやらかしたら大変なことだったから、そうならなかっただけでも良しとしなければ。
 自分の世界に入り込まないというのは無理そう(通勤電車は貴重な空想タイムでもある)なので、その前に一工夫して、必ず3両目か5両目に乗るようにするのが正解のようである。
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2008年01月19日

寒さを比べる

 ここ数日、東京も寒くなってきた。朝は布団から出るのが辛くなり、昼も食事等で職場から外出するのが億劫になる。
 しかし、寒いといっても奈良に比べれば幾分マシだ。奈良にいた頃は、年が明けるとこれほどの寒さは毎日のことだった。北国の人間ではないので東京が暖かいとは思わないが、まあ楽なものだという印象はある。
 もう1つ、この時期の奈良盆地は風がきつい。西の方から強風が来るので、西に向かって自転車を走らせるのは大変だ。それに比べると、東京の都心部は風があまりないので凌ぎやすい。

 では、実際奈良と東京ではどのくらいの気温差があるのだろう。気になったので少し調べてみた。
 まず気温の平年値だが、1月18日の奈良は最高8.5℃、最低-0.3℃であった。これに対し、東京は最高9.5℃、最低2.0℃となっていた。
 この差をどう見るか。とりあえず、最低気温の差は大きい。盆地の朝は冷え込むのだ。では最高気温はどうか。1℃という差ではあるが、30年間の平均値であることを考えると、奈良の方がはっきり寒いと見るべきであろう。
 続いて平成20年1月18日、すなわち1時間ほど前に終わったばかりの日のデータを調べてみた。奈良の最高気温は8.3℃、最低気温は-1.7℃で、東京の最高気温は5.7℃、最低気温は2.1℃であった。
 このデータから見ると、18日昼の東京はかなり寒かったことになる。しかし、それでも最低気温が2.1℃もあるということに驚かされる。奈良との差は4℃近い。
 今年1月の気象データの一覧を見たところ、東京はまだ1度も氷点下になっていない。東京の寒さが厳しくないと思うのは、このあたりにも理由がありそうだ。

 だが、予報を見たところでは、これから数日は東京のほうが寒そうである。20日、21日の奈良の予報には傘のマークがあり、東京の予報には雪だるまのマークがある。
 上京して1年弱の私は、東京の雪など体験したことはない。果たして交通は大丈夫なのだろうか…。
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2008年01月17日

簡単で難しい質問

「東京のどの辺なん?」
 これはよく受ける質問である。特に、関西に帰っている時には聞かれることが多い。そして、意外に答えるのが難しい質問でもある。

「江戸川区」
 東京にいれば、この回答でもさして問題はない。江戸川区の位置は、だいたい皆知っている。もっと詳しい説明を求められたら、都営新宿線の船堀だと答えれば良い。
 ところが、相手が関西人となると、そうもいかない。江戸川区の位置がわからない(私も上京するまでは知らなかった)ことが前提になるため、説明が難しくなる。
「東京の東の端。千葉県まで3キロほど」
 日本地図が頭に入っている相手なら、この答えが簡潔で良いだろう。ディズニーランドの近くと言う手もあるだろうが、ディズニーランドの正確な位置を日本地図上に示すのは、それほど簡単ではない気がする。

 こんなことを書いているのは、先日帰省した際に、ある弟から質問を受けたからである。そして、次に来た質問も、何度となく受けてきたものだった。
「何線?」
 年に何回か客人が来ることもあって、アクセスもよく聞かれる。とりあえず、普通は以下のように答えるところだろう。
「都営新宿線」
 この回答は無難なようだが、誤解を招く恐れがある。確かに新宿線沿線ではあるが、新宿の近くではないのだ(乗り換えなしで行けるから距離の割に時間はかからないが)。
「都営新宿線で、新宿から東に30分」
 この答えが正解であろう。急行に乗れば20分ほどだが、急行は昼間しか走っていないので、わざわざ説明を煩雑にする必要はないだろう(昼間はたいてい私が不在だし、そもそもそんな時間に来る者などいない)。

 さて、ここからは弟のオリジナルである。
「JRで言うと何線の近く?」
 この質問にはちょっと感心した。彼も東京を全く知らないわけではない。地下鉄の路線網はややこしくて手に負えないが、山手線や中央線、総武線くらいはわかるのだ。
「総武線の南側。ほぼヘイコウ(平行とも並行とも取れる)」
 これが良い回答だったようだ。厳密にはヘイコウではない(そもそも、新宿線の終点の本八幡は総武線との連絡駅だ)が、最も離れている新小岩〜船堀でも3kmくらいだし、関西人への説明としては簡潔で良いだろう。

 ところで、冒頭の質問はよく受けるのだが、以下のような質問はほとんど受けたことがない。
「奈良のどの辺なん?」
 15年ほど住んだ大和郡山の説明も、たまにはしたいと思うのだが…。
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2008年01月15日

成人の日の出来事

 昼下がり、私は船堀駅構内のベーカリーカフェに入った。目的は少し遅い昼食であり、非常に遅い朝食であり、かなり遅いブランチである。
 パンの値段はそれほど安くないのだが、駅の構内という立地が素晴らしいので、月に1〜2回くらい利用している。休日にしか入らないことを考えると(平日の朝は入る余裕などない)、使用頻度はかなり高い。
 この店の利用者は女性が圧倒的に多い。休日の昼下がりだと、客の大半はおばちゃんである。ところが、今回はちょっと様子が違った。着物姿のねーちゃんがいるのである。
 1人目を見た時には「珍しいな」くらいにしか思わなかったが、店内をよく見渡すと、着物姿は1人や2人ではない。ここでようやく気付いた。成人の日だ。

 毎年、成人の日は振り袖を見るまで気付かない。祝日だという認識はある(そうでないと朝から仕事に行っているはずだ)のだが、成人の日だということは全く意識していないようだ。自分が成人式に参加しなかった(当時、住民票を神戸に移していて、知人が全くいなかったため)
 そうかそうか、成人式があるのか。意味もなく納得しているうちに、ショッキングな事実に気付いた。
「こいつら○○○(末弟の通称)と一緒やん」
 私の末弟は昨年5月に20歳になった。すなわち、今年成人式に参加するのは、彼と同学年(少なくとも義務教育の間は)の人々である。ということは、この子達は私より8歳も若いのか…。
 8歳下というと、私が成人した年にはまだ小学生である。自分が20歳の時から、それだけの年月が経ったということだ。自分もずいぶん年を取ったものだ。そう思うとちょっと憂鬱になる。

 さて、パンをトレイに取り、レジで注文したコーヒーと合わせて受け取る。さあ食べるぞと周囲を見回したが、なんと空席がない。誰もいない席はいくつかあるのだが、全て鞄が置かれている。
「おいおい、あいつらかよー」
 レジに並んでいる振袖組を見てそう思ったのだが、どうも人数と鞄の数が合わない。そう思っていたら、パンの乗ったトレーを持ったおばちゃん軍団がやって来て、オロオロしている私の横を通り過ぎ、鞄を取って席に座っていった。
 混雑を察知した心優しい人が席を立ってくれたため、私もなんとか座って食べることができた。しかし、どうも不愉快でならなかった。若い者のマナーが良いとは思わないが(実際、新成人も先行席取りをしていた)、おばちゃんもたいがいである。
 彼女達にとっては当然のことなのかもしれないが、席に鞄を置いておくというのが当然だとすると、私のように1人で入る客はどうなるのか。鞄から目を離さないというのは無理がある。

 1分ほどオロオロしていたこともあって、乗る予定の電車の発車時刻が迫ってきていた。ゆっくりパンを味わうこともできず、私はさっさと食事を済ませて改札へ向かった。
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2008年01月13日

停止

 午前0時、いつもの道を、私はトボトボと歩いていた。駅からアパートまでは約400mで、途中に200mほどの長い直線がある。左右に多彩な集合住宅が並ぶその直線を、私は多少うつむき加減で歩いていた。
 突き当たりを左に曲がると、アパートはもうすぐだ。しかし、この交差点はどうも不利感がある。右手はトヨタの販売点で見通しが良く、左手は高層マンションで見通しが悪い。実際はほぼ90度なのだが、それよりも角度が小さい、すなわち大回りをさせられているように見えるのである。
 そんなことを思っているうちに、その交差点が近付いてきた。車は来ていないので、右側から左側、すなわちトヨタ販売店から高層マンションの方へ斜め横断をする。これはいつものことだ。ところが、その日常は一瞬にして非日常に変わった。

 交差点に差し掛かったところで、左側至近距離から何かが迫ってきていることに気付いた。それが自転車だとわかった時、私はちょうどその自転車の進路上にいた。
(あっ!!)
 思わず叫ぶはずが、声が出なかった。足を動かさねばと思ったが、全く動かなかった。腕を動かし、衝撃を和らげようとするのが精一杯だった。
 ブレーキ音が耳に響いた。スピードを落とした自転車の前面のカゴが、腕とわずかながら接触した。衝撃はほとんどなかった。助かった。
「すいません、ごめんなさい」
 自転車に乗っていたのは30代くらいの女性だった。急ブレーキをかけたはずだが、どうやら無事のようだ。ただ、やはり少なからず動揺しているのは間違いない。
「あー大丈夫です。すんません」
「ほんとすいません」
 女性は再び自転車に乗り、交差点を直進して暗闇の中に消えた。

 しばらくの間、この出来事は頭から離れなかった。私は左側を歩いていて、先方は右側を自転車で走っていた。双方とも悪いといえば悪い。しかし、こうして出会い頭でぶつかることは、私が右側で先方が左側だったとしても起こりうる。道路というのは危険があちこちに潜んでいるものだ。
 油断していた自分が情けないという気持ちもあった。しかし、それよりも気になったのは、あの時なぜ足が動かなかったかということだった。全く時間がなかったわけではない。1歩後退するくらいのことはできたはずだ。それなのになぜ、自転車を回避できなかったのか。
 おそらく、私はパニックになっていたのだろう。避けねばと頭では思っていても、その命令が足に伝わらない。将棋の終盤で読んでいない手を指された時、数秒から十数秒ほど思考が停止することがあるが、原理としてはそれと似たようなものではないか。
 パニックになったのはなぜか。それは自転車が来ることを全く想定していなかったからだろう。結局、油断していた私が悪いと言える(先方も油断していただろうが)。

 思わず止まってしまうというのは、非常に危険なことだ。相手が自転車だったから助かったが、車やバイクだったら恐ろしいことになる。交通事故をはじめとする不慮の事故の中には、被害者が止まってしまったために起こったものも多くあるのではないだろうか。
 ボーっと物思いに耽る時間が長い私だけに、再発の恐れは大いにある。そうなった場合、今回のように無事で済むとは限らない。
 道路とは危険な場所である。そのことを頭に入れて、それなりの注意を払いながら歩くようにしなければ。せっかく怖い思いをしたのだから、反省を今後に生かしたいものである。
posted by せた at 02:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

日常の1コマ

 午後11時34分、松屋神田小川町店に突入する。職場から徒歩5分、小川町駅ホームまで徒歩2分の場所にあるこの店は、おそらくこの1年で最も多く入った店だ。今週だけでも3度目になる。
 食券を買う前に、確認しておくことがある。先客の人数と店員の人数である。店員に余裕があるようなら、定食など少々時間のかかるメニューもオーダーできる。余裕がないようなら、早くできるメニューを注文しなければならない。すなわち、事実上「牛めし」「豚めし」の2択となる。
 これに加えて、乗車予定の電車の時刻が重要な要素となる。この時間帯で適当なのは11時49分発だから、移動時間を引くと残りは13分。先客は2人、店員は1人。余裕はほとんどないから、牛めし野菜セットで済ます一手だ。
 運の悪いことに、直前の客は定食を注文していた。これは危ない。11時59分発の電車に乗ればいいだけだが、やはりなるべく早く帰りたいし、10分と言えどもただ待つだけというのは避けたい。

 まず生野菜と生卵が出てくる。卵を溶き、野菜を1分ほどで平らげる。だが、肝心の牛めしがなかなか来ない。結局、出てきたのは11時42分だった。実質あと5分だ。
 急いで食べながらも、ときおり携帯電話で時刻を確認する。このペースならまあ間に合うだろう。昔から早食いはけっこう得意だ。
 3分ほどで牛めしを平らげる。あとは味噌汁だ。最後に出てきたから、まだけっこう熱い。これがけっこうな難関で、茶と合わせて消費に2分ほどかかった。

 11時47分に店を出て、地下鉄の駅の階段を駆け下りる。私の乗る都営新宿線はけっこう深いところを通っているので、なかなかホームにたどり着かない。
 改札を通るとすぐに走行音が聞こえ始め、階段を下り終えた直後に電車の扉が開いた。
posted by せた at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

希少種の思い

 コンタクトレンズを使い始めてから、もうすぐ12年になる。正確な日付は覚えていないが、高校1年の冬だったことは間違いない。スポーツと縁のない生活をしていることもあって、12年間ハードレンズ一筋だ。
 12年前と言えば、近視がかなりの勢いで進んでいた時期だ。私が使っていた眼鏡のレンズは、ほぼ1年ごとに厚みを増していた。鏡を見れば、どうしても目のあたりばかりが目立つ。当時の私は、それが嫌だった。
 その頃は、周囲でもコンタクトレンズ利用者は増加傾向にあった。私と同じように容姿を気にした者もいただろうし、スポーツをするのに便利だと考えた者もいただろう。高3の頃は、眼鏡をかけていたのはクラスでも数人だけだったのではないだろうか。

 ところが、20代半ばあたりから、これと逆の現象が起こり始めた。コンタクトレンズ利用者が、どんどん希少種になっていくのである。学生時代には眼鏡をかけておらず、卒業後に眼鏡にした者も少なくない。
 私は男ばかり4人兄弟の長兄で、4人ともコンタクトレンズを利用した時期はあるのだが、今もコンタクトなのは私と大学生の末弟だけだ。間の2人は、いつの間にか眼鏡に戻していた。
 学生将棋を通じて知り合った友人達にも、同様の傾向ははっきり現れている。もともと将棋界には眼鏡使用者が多いが、以前にも増して眼鏡が増えているように思う。
 私はコンタクトの使用をやめるつもりはないが、この傾向が当てはまらないかというと、そうとも言い切れない。眼鏡で行動することが、数年前よりもかなり増えているのである。
 学生時代、眼鏡で人前に現れるのは、徹夜麻雀や徹夜カラオケ、あるいはコンタクトを紛失した時くらいのものだった。ところが、最近はそうでもない。月に1回くらいではあるが、眼鏡で買い物等に出かけることがある。

 他の人のことはわからないが、私が眼鏡で外出する理由は単純だ。要するに、コンタクトを着けるのが面倒なのである。ではなぜ常時眼鏡にしないかというと、容姿は眼鏡をかけない方が良いと思っているからである。
 2つの思いを天秤にかけた時、月に1度くらい前者が勝つようになった。要はそういうことだ。だが、数年前は必ず後者が勝っていた時わけだから、私の考え方は確実に変わってきている。
 前述のように、当面はコンタクトを使い続けるつもりである。しかし、弟達や多くの友人と同じ道をたどる日は、案外遠くないのかもしれない。
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2008年01月08日

赤い手帳

 予告通り、手帳を買った。昼食休憩を利用して近くの文具屋に行き、5分ほどの考慮で買う物を決めた。支出は1050円。これで自分の短所が多少なりとも改善されるのであれば、決して高い買い物ではない。
 新しい手帳は、赤いカバーの物を選んだ。あらかじめ決めていたわけではなく、商品を見ているうちに、今年は赤にしようとふと思った。

 赤は私の好きな色だ。持っている服の中でも、赤系の割合はかなり高い。目立ちたがりである私の欲望を、容易に満たしてくれる色なのである。
 しかし、赤を敬遠していた時期もある。今から4年ほど前だろうか。何もなかったわけではないが、身辺から赤はほとんど消えていた。
 わかりやすい例として、携帯電話が挙げられる。4代前はピンクだったが、3代前は白、2代前は薄い緑、先代は青だ。ピンクから白に変えたのが、ちょうど丸4年前の1月である。
 今から思えば、当時は自分に対して正直でなかったのかもしれない。直感で選ぶような色を、無意識のうちに避けている。そんなことが繰り返されたのではないだろうか。

 それが、3年ほど前からまた変わってきた。少しずつではあるが、着る物も赤系が増えてきた。昨年は春から夏にかけてTシャツを計5枚買ったが、うち2枚は鮮やかな赤だ。9月には携帯電話も赤になった。新しいスニーカーも赤のCONVERSEだ。そう言えば、先日買った歯ブラシの柄も赤い。
 携帯電話は機種変更の少し前から赤にしようと思っていたが、それ以外は全てその場で選んだものだ。特に意識しているわけではないが、最終的には赤を選んでいる。

 そう考えると、赤が増えていくのは歓迎すべきことなのかもしれない。赤が好きな自分を否定せず、外でも堂々と赤い物を身に着ける。それができているのは、4年前に比べると良い状態だということを示しているに違いない。
 もっとも、それが周囲の人々にどう思われているかは、全く別の問題だが…。
posted by せた at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月06日

新しい年に

「一年の計は元旦にあり」
 日本人をやっていると、何度となく聞かされる言葉である。3学期の始業式で頻出し、同時に目標を持って努力することの大切さを説かれることが多いのではないか。

 しかし、自分の記憶をたどってみると、年の初めに新たに計画を立てて、それを1年間実行できたという経験は全くない。そもそも、コツコツと何かを続けていくような計画を立てたことすらないような気がする。
 これまで私が立てた目標は、必ず「○○という結果を得る」というものだった。例えば、大学時代は「一軍戦でA級に昇格する」というのが大きな目標だった。「昇級するために○○をする」というような誓いを立てたことはない。

 このことは、私の人間性をよく示していると言える。理想主義者で現実性に乏しいところがあり、具体的に何をするかは成り行き任せだったりするのである。
 プロセスにこだわらない、計画に縛られないという面もあるから、これは私の長所であるとも言える。しかし、自分の性格が災いして、実行すべきことができなかったり、後手後手に回ってしまったりという失敗も数知れない。

 理想主義者をやめるつもりはない。それは、自分が自分でなくなるということだ。第一、やめようと思ってやめられるものでもない。
 しかし、理想と現実の配合比率は変えていくべきだろう。現実の比率を高めていかないと、かえって理想が遠ざかっていくように思える。

 このような思考の中で、またしても抽象的な目標を立てている自分に気付き、改めて呆れている次第である。それに気付いただけでも進歩したと言えるかもしれないが。
 そこで、とりあえず明日の具体的な目標を立てた。それは「手帳を買って、確定しているスケジュールを全て記入する」ことである。
 手帳は毎年買っているのだが、複雑な生活をしているわけではないし、記憶力も良いほうなので、いちいちスケジュールを記入するのが面倒になる。そのため、いつの間にか手帳は持っているだけになってしまうのだ。
 なるべく多くの事象を手帳に記入し、それを頻繁にチェックできるようなら、私の短所も多少は改善されるのではないだろうか。
posted by せた at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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