2008年07月27日

未体験の戦いへ

 いよいよ、戦いの時が近づいてきた。私にとって、団体戦とは常に「戦う」もの。それが、個人戦とは決定的に違うところだ。チームの勝利のために全身全霊で戦う、それが団体戦である。
 初めて団体戦に出てから、今年でちょうど10年。人数も形式も異なる、いろいろな戦いを経験してきた。笑ったこともあり、泣いたこともあった。勝利を求め、自分にプレッシャーをかけ、極度の緊張の中で戦ったからこそ、感情の爆発的な高まりがあった。

「勝たねばならぬ」
 何度、そう思ったことだろう。この10年間、ほとんどの戦いにおいて、私はチームの主力選手だった。自分より明らかに強い仲間2人と3人制の団体戦に出たこともあったが、1人が負ければ自分が勝たねばならぬわけで、勝たなくても良い選手ではけっしてなかった。昨年の社団戦は強い仲間がたくさんいたが、メンバーを緩める試合が多かったため、自分はけっこう重要なポジションで出ることが多かった。
 ところが、今回の社団戦は、ここが決定的に違う。自分より明らかに強い仲間多数と一緒に、7人制の団体戦を戦うのである。ゆえに、客観的に見て、自分の対局の重要性はこれまでよりも低い。

 チームのメンバーが固まってから、ずっと戸惑いがあった。自分はどういうスタンスで戦えば良いのか。自分なりに楽しんでも良いのではないか。負けたところで、よほどのことがない限り戦犯にはならないのだから。
 そう、もし自分が主将という立場で今年のメンバーを率いるなら、自分の勝利をアテにはしない。もっと強い選手4人が勝つことを期待し、それをめざして各選手の起用法やオーダーを考えるだろう。
 だが、それに納得していない人間がいる。自他ともに認める団体戦狂である、この私である。
 あいつらは強い。一発勝負ならともかく、何局も指せば絶対に負け越す。だが、自分だってそこそこ強いはずだ。けっして役立たずではないはずだ。実力では劣っても、勝負根性なら負けない。
 そうは思っていても、実際に勝たなければ、周囲も自分も納得しない。だから、とにかく理屈抜きに勝つしかない。せたという選手がいて良かったと、皆に思わせる活躍をするしかない。

 私は戦う。全身全霊で戦う。チームのために、そして団体戦狂を10年も続けてきた自分自身のために。
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2008年07月22日

山陰小旅行顛末(前編)

 米子の駅前に放り出されたのは、7月20日の朝の6時半。眠い。夜行バスでの睡眠時間は実質3時間ばかり。夜型生活が染み付いている私にとって、早寝早起き型のバス(東京の浜松町を出たのは21時前だ)はきつい。結局、午前3時頃まで物思いに耽ってしまった。
 この日行動をともにするstaysilver氏が車で迎えに来るのは7時半頃。それまで時間を潰さねばならぬのだが、あいにく喫茶店やファーストフード店の類はない。駅の待合室で、コーヒーを飲みつつ時間を潰した。
 予定より少し早く、迎えに来たstaysilver氏と合流し、ファミレスで朝食をとる。時間に余裕があったので、食後もだらだらと雑談していた。
 9時頃にファミレスを出て、新日本海新聞西部支社へ。ここで行われる将棋の賞金大会(米子将棋まつり)に出場するのである。
 米子に行く目的は、もともとは旅行のついでにstaysilver氏を訪ねるためであった。しかし、ちょうど当日に大会があることを彼から聞き、では2人で出るかという話になったのである。社団戦の前だし、最近はちょっと将棋を頑張ろうという気になっているので、ちょうど好都合だった。

 受付、抽選を終えて、会場で待機する。賞金が高い(優勝10万円、準優勝2万円、敗者戦優勝2万円)地元山陰勢だけでなく、関西などからの遠征組も少なくない。関西の強豪とは当たりたくないなぁと思っていたが、そのうちの1人であるY田氏を、初戦から見事に引いてしまった。
 ツキのなさを嘆きつつ対局開始。三間飛車対居飛車穴熊で、Y田氏が石田流に構えて先攻するというのは予想通りだったが、こちらの駒組みに問題があり苦しくなる。一応頑張ってはみたものの、慎重に指されて打つ手なし。完敗だった。
 しかし、まだ2万円ゲットの可能性はある。そして、わざわざ米子まで来て連敗終了というのは切な過ぎる。とにかく気を取り直して敗者戦を頑張るしかない。
 その敗者戦、1回戦の相手は地元のベテランI田氏だった。今度は四間飛車対居飛車穴熊になり、相手の無理仕掛けを咎めて優勢に。しかし、その後の指し方に問題があったのか、端攻めをまともに食らって逆転。相手が詰みを逃したためなんとか勝ったが、寒い将棋であった。
 次の相手は地元の高校生M池氏。後で聞いたら、高校選手権の団体戦県代表とのこと。雁木模様にされたので、こちらは右玉に変化。相手が若いので経験値で勝負しようという狙いである。作戦は的中し、早々と優勢になる。
 ところが、ここから勝利までの道のりが長かった。右玉は勝つのに時間がかかる戦法で、相手は時間攻めも視野に入れて(この大会は30分切れ負け)粘りまくる。時間の切迫とともにリードを吐き出し、図の局面を迎える。
08Jul20.gif
 ここではまだ残っていると思っていたが、持ち時間は残り1分ほど。読み切る時間がなく本能的に△7五歩と打ったが、実戦的にはこれが敗着だった。▲6六玉とかわされ、以下5五〜4四〜3四と逃がしてしまい、最後は6秒差で時間切れ負け。図で△6七角なら3四への逃げ道がなく即詰みであることに気付いたのは、短い感想戦を終えた数分後のことであった。
 切れ負けの叩き合いは若いほど有利であり、実戦を多くこなしている方が有利である。私にとって不利な条件ではあった。だが、負けは負けである。棋力はそれほど衰えてなくても、年齢からくる瞬発力、反射神経の衰えは否めないようだ。悔しさと同時に淋しさを覚えた1局であった。
 staysilver氏は危ない将棋の連続ながら勝ち続け、決勝で敗れたものの、堂々の準優勝で賞金を手にした。彼は「せたさんが来ないんなら出てなかった」と言っていたから、私も少しは役に立ったのではないだろうか。

 17時頃に会場を出て、staysilver氏の行きつけの店で3時間ほど遊戯に興じる。両者とも将棋とは逆の結果となった。その後ファミレスで夕食をとり、最後にホテルまで送ってもらう。彼がいなければ移動もままならなかったわけであり、感謝の一言である。
 ホテルの部屋に入り、まずシャワーを浴びる。私は相当に疲れていたようで、まだ23時前だったにも関わらず、あっという間に眠ってしまった。
posted by せた at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月14日

1年ぶりのアマ大会

 アマ名人戦の都区内予選に出場した。個人としてアマ大会に出るのはほぼ1年ぶりだ。
 この1年の間も細々と将棋は指していたのだが、大会は団体戦しか出ていなかった。仕事で忙しい時期が多かったというのもあるが、むしろモチベーションの問題の方が大きい。
 関西ならともかく、東京の大会に出ても知り合いはほとんどいない。過去にもオール学生などで知り合いのいない状態を経験していたが、大会で話し相手がいないというのは淋しいものである。また、地元の奈良よりはるかにレベルが高いのも明らかだから、わざわざ積極的に大会に出ようという気にならなかったのだ。
 そんな私が大会に出た理由、それは単に「社団戦もあるし、将棋でも頑張ってみるか」と思ったからである。今年は社団戦の主将を退き、気楽な立場なのだが、そうなると自分の対局結果がこれまで以上に気になってくる。今年は2部での出場なので、対戦相手も昨年よりきつくなるだろう。ならば、やはり事前の調整は欠かせない。

 受付開始の10分ほど前に会場に到着。やはり知人もいないなと思っていたら、「せたさん」と声をかけられる。近大OBのN君だった。なんとなく安心感が出る。だからと言って対局に効果があるわけではないが。
 予選は1勝通過2敗失格で、持ち時間は45分切れ負けだった。どちらも初体験のような気がする。とりあえず予選落ちはだるいので、なんとしても1つ勝たなければ。
 1局目、相手は学生風のN越氏。序盤で駆け引きがあったが、結局四間飛車対居飛車穴熊に落ち着く。相手は右玉風に陣形をまとめ、攻守のはっきりした展開に。形勢はやや不利だっただろうが、切れ負けで穴熊なので、頑張ればチャンスが来ると思い、細い攻めを続ける。しかし、相手は全く崩れず、手厚く余されてしまった。
 本部へ行くと、次の手合いを付けられる。終わったものから順に当てていくという方法は、どうも好きになれない。運営側の意図が入り込む余地があるからである。例えば、都内では名の知れた強豪が2人、ほぼ同じ時刻に1局目を落とした場合、この2人を次に対戦させるだろうか。おそらく、少し待って私のような無名選手を当てるだろう。
 この方法では、1度痛い目を見ている。8年半前のオール学生で、1局目を圧勝したまでは良かったものの、2局目に昨年のアマ名人S水上氏、3局目に東大レギュラーのI川氏を当てられ、あえなく予選で飛んでしまったのである。わざわざ関西から遠征したにもかかわらず、萎える結果になってしまった。
 今回も嫌な予感がした。当たったのはベテランのM原氏。確か都代表経験のある強豪のはずだ。この対局は横歩取りになり、こちらが切れ模様の攻めを懸命に続けるという展開になったが、今度もきっちりと余されてしまった。

 こうして、久しぶりのアマ大会は最悪の結果で幕を閉じた。2局ともこちらは持ち時間をほとんど使い果たし、相手側の残り時間も5分を切っていたから、それなりに頑張ったとはいえるが、やはり1局も勝てないというのは萎える。
 帰ってから棋譜を入力していったが、2局とも自分が対局中思っていた以上に苦しい展開だったように思った。私が特に弱いところは中盤の入口、仕掛けのあたりであり、相手が強いとここでの失点を挽回できない。相手側の時間の使い方を見ると、それなりに苦しめたというのは確かだろうが、苦しめるだけでは意味がない。
 ついでに、N越氏の経歴についても調べてみる。元奨励会で、少なくとも2級までは上がったようだ。やはり当たりは相当きつかったようだ。
 運が悪かったのも事実、そして自分が弱かったのも事実。しかし、大会で真剣勝負をしたというのは、まあ収穫と言って良いだろう。次こそは、なんとか白星をもぎ取りたいものである。
posted by せた at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

どうしたものか

「くっ」
 昼下がり、神田駅の指定券販売機の前で、私は思わずつぶやいた。目の前にあるモニターには、×が縦に3個並んでいる。
 この現実を目の当たりにしたことで、私は計画の変更を余儀なくされることになった。

 8月9日から数日、関西に帰る予定にしている。その手段であるが、資金に余裕がないため、夜行快速「ムーンライトながら」を利用するつもりであった。青春18きっぷで乗れるので、夜行バスなどを利用するよりも圧倒的に安い。
 そこで、8月8日の夜遅くに東京を発つ「ムーンライトながら」の座席指定を取らなければならず、その発売日は1ヶ月前の7月8日である。ゆえに、私は昼休みに神田駅に行ったのだ。
 ところが、冒頭で述べたように、既に席は全て埋まっていた。帰省のピークということで臨時便も運行されるのだが、そちらも満席になっていた。発売日の昼過ぎならなんとかなるだろうという私の判断が甘かった。

 では、私はどうすれば良かったのだろう。昼休みがダメとなると、出勤の際にJRの駅に寄っておかなければならなかったということだが、あいにく通勤経路には適当な駅がない。
 しかし、そこで時間のロスを気にしてはいけなかったのだ。出勤の途中に馬喰横山で降り、5分ほど歩いてJR馬喰町駅の窓口に行くしかなかった。往復の所要時間、手続きの時間、さらに先客がいることも考えると、少なくとも15〜20分は余裕を見ておく必要があるが、それはやむを得ないことだった。

 まあ済んだことは仕方ないとして、関西に帰るのに別の手段を考えなければならない。料金を考えると次善手は夜行バスだが、お盆前の金〜土曜なので、渋滞が怖い。1年前は夜行バスを利用したが、3時間も遅れた。後輩の某君が乗ったバスはもっと遅れたはずだ。9日の朝10時から予定を入れようと思っているので、これはさすがに危険だ。
 そうなると新幹線しか手段は残らないが、言うまでもなく金がかかる。また、使うとすれば9日の朝一番の便だろうが、そうなると早起きするのもきつい。まとまった休みをとる以上、仕事は先に片付けておかなければならないので、8日は徹夜明けになっている恐れもある。そんな状態でちゃんと起きる自信はない。

 今のところ、まだ結論は出ていない。夜行バスに空席があることは確認したものの(8月9日の新幹線の指定は7月9日から発売)、これもいつまで空いているかわからないので、早めに決断しなければならないのだが…。
posted by せた at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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