2008年08月22日

懐かしの街へ

 あと数時間したら、旅に出る。1日休みを取り、土日と合わせて3連休にして、関西に帰るのである。つい2週間ほど前に帰ったばかりだが、またイベントがあるので、2度帰るのは夏前からの予定通りだ。
 当然のことながら、月に2度も帰省するとなると、財政は非常に厳しい。もちろん、出費に見合う価値のあるイベントだと思うから帰るわけだが、現代日本人にふさわしくない価値観なのかもしれない。まあ、このあたりは自分の存在の根幹に関わるところなので、直すつもりは全くないが。
 しかし、金がないというのは厳然たる現実である。そこで、今回の帰省は青春18きっぷを使うことにした。家族が使ったものが1回分残っていたので、それを送ってもらった。これで、片道の交通費は2300円で済む。
 では経路をどうするか。普通は東海道だが、何度も通ったルートであり、おもしろみがない。しかも、魅力的な観光地はほとんど駅から離れているので、何をするにも金がかかる。
 そこで、朝早く起きられたらという条件付きだが、中央本線回りで行くことにした。こちらはあまり行ったことがないし、駅から徒歩圏内に温泉などもある。列車の本数が少ないという制約はあるが、朝寝坊しなければ途中下車はできる。
 ルートは決めたが、実はそれ以上のことはほとんど決めていない。そもそも寝坊したら東海道で行くし、要するに行き当たりばったりである。1人旅だし、車内で暇に過ごすよりは途中下車駅を考えながら過ごす方が、精神衛生のためにも良いだろう。

 さて、土曜も実は夕方まで用事がない。実家で休養という手も有力だとは思うが、最近行きたくなった街があるので、そこに行こうと思う。その街とは、私が学生時代を過ごした懐かしの街、神戸である。
 神戸での思い出は尽きない。3年半という期間は今となってはそれほど長い年月ではないが、一軍戦に情熱を燃やし、麻雀を楽しみ、学業やバイトもそれなりにやっていたこの3年半は、実に貴重で実りの多い時期だった。私のアイデンティティが固まった時期であるとも言える。
 当然、ゆかりのある場所も多い。多過ぎて、どこに行こうか迷うくらいだ。とりあえず大学近辺は外せない。三宮や元町は行きやすくてありがたみがないが、神戸に行くとなるとやはり捨て難い。住吉や御影も懐かしい気分に浸れるだろう。滅多に行かなかったが、須磨や垂水に行くのも悪くない。
 おそらく、どこへ行くかは当日まで迷うことになるだろう。しかし、それはそれで悪いことではあるまい。学生時代の思い出を呼び覚まし、行先を考えつつ感傷に浸るのもいいだろう。そして、どこへ行ったとしても、それなりの感慨はあるはずである。

 今、私は単独行動の機会を減らす、すなわち独身生活を卒業するための活動を行っている。私の望みがかなえば、1人旅をすることはほとんどなくなるだろう。来年も再来年も1人旅の機会がたくさんあるならば、それは私が不本意な暮らしを続けているということだ。
 だから、今は今しかできないことを思い切り楽しむべきだろう。そのためにも、肩の力を抜いて、その場その場で適当に行動するようにしたい。単独行動の特権を生かすことが、1人でいるという現状を最大限に活用することなのだから。
posted by せた at 02:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

再び大会へ

 横浜名人戦に出場してきた。最近、このブログでも将棋の記事が多くなっているが、実際休日の多くを将棋に費やしている。要するに、将棋に関してはある程度やる気のある状態なのである。まあ、他に楽しみがないというのも事実ではあるが。
 仕事がある日とほぼ同じ時刻に起き、ほぼ同じ時刻の電車に乗る。大会会場は横浜でもかなり西の方なので、私の住む江戸川区からはけっこう時間がかかるのだ。もっとも、横浜まで行くと完全に非日常の世界なので、気分転換という意味では悪いものでもない。
 将棋まつりというのはいつもそうだが、会場はかなり混雑している。対局開始までの時間を雑談や練習将棋で潰している人も多い。孤独を感じる時間帯である。こればかりは一朝一夕に解決する手段はなく、何をするでもなく過ごすしかなかった。

 さて1局目、相手が中飛車から無理気味の攻めを敢行してきて、図の局面を迎える。後手の桂得で、しかも8五の銀が遊んでいるので優勢を意識していたが、先手の大駒も急所に利いているので、気持ちの悪いところではある。08Aug1777手.gif
 しかし、ここで△7一金という手があった。以下▲5二飛成△4三銀打と進み、▲6三龍は△5一桂で龍が死ぬので▲4二角成から突撃してきたが、この攻めはさすがに余せる。最後は2枚飛車の攻めを間に合わせて勝ち。珍しく幸先のよいスタートを切ることができた。
 本部に報告に行くと、そこには見覚えのある人物が。この大会も、終わったところから順に手合いを付けていく(私の嫌いな)システムなので、彼と当てられることは容易に想像できた。かくして、次の対戦相手は前朝日アマ名人のK氏となった。
 K氏のゴキゲン中飛車に対して私が序盤で変化技を見せると、相手は長考に沈んだ。彼からすればここで私などに負けるわけにはいかないだろうから、まあ当然だろう。一方、こちらは失うものなどない。トップアマとここで当たったのは不運ではあるが、ローリスクハイリターンなのもまた事実だ。とにかく思い切り良く指そうと思った。
 しかし、いかにリラックスして指していても、実力の差はいかんともしがたい。私が軽視していた仕掛けが実は成立していて、一気に形勢を損ねてしまった。その後も頑張ってはみたが、終わってみれば圧敗だった。
 3局目、相手は高校生くらいの若手選手だった。英春流の出だしからビシビシと早指しで飛ばされ、私ばかりが時間を使う展開に。飛車先は交換したもののその後の攻めの形が作れず、結局大作戦負けになってしまった。
 仕方がないので開き直って攻めさせることにしたが、飛車を見捨てての猛攻を通され、勝負どころもなく完敗。やはり、私の駒組みに問題があったようである。2敗失格なので、これで終了だ。

 冒頭にも記したように、この1ヶ月ほどは積極的に将棋の大会に出ている。これだけ指すのは学生時代以来であろう。ここ数年と異なり、駒を持って指すのが当たり前という感じになりつつある。
 一方で、新鮮味が失われてきたという感覚もある。アマ名人戦予選や米子将棋まつりの時に比べればリラックスして指していて、疲れもそれほど感じないのだが、反面それに物足りなさを覚えてもいる。かつての自分にとっては、将棋の大会というのはもっと熱くなるものだったのだ。
 だが、これが本来あるべき姿なのかもしれない。やるからには全力で指すが、上をめざそうという意欲はない。ならば、個人戦で必要以上に入れ込む必要はないのではないか。
 来年には30歳になる。そろそろ家庭を持ちたいという気持ちは強い。そんな状況で将棋を細々と続けていくにはどうすれば良いのか。その問いの答えが、この横浜名人戦にはあったのかもしれない。
posted by せた at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

充実と憂鬱(後編)

 8月11日、朝10時前に実家を出て、天王寺に向かう。本日の目的地は近鉄百貨店阿倍野店、近鉄将棋まつりに参戦するのである。10時から受け付けている毎日新聞社杯には間に合わないので、13時からの早指しトーナメントに出るつもりでいた。
 近鉄百貨店の10階に着いたのは11時前。とりあえず誰か知り合いはいないかと探してみる。毎日新聞社杯のトーナメント表には知っている名前がいくつもあったのだが、皆対局中なので話し相手はいない。9階でおなかぽんぽこ氏に会ったが、彼は有料ゾーンに入っていった。
 結局、私はいったん近鉄百貨店を離れた。Mioで服を見たり(何も買わなかったが)、王将で昼食をとったりして、12時半頃に戻る。ちょうど13時からの早指しトーナメントの受付が始まるところで、受付を済ませた後、対局開始まで少し睡眠をとった。
 13時から手合がつけられ、ほどなく対局開始。相手がゴキゲン中飛車をしてきたので、試しに右玉で対抗してみた。序盤はまずまずだったが、その後の方針が悪かったようで、食い付きを許してしまい圧敗。不完全燃焼だったので、14時30分からの早指しトーナメントにも出ることにした。
 次の1回戦も対中飛車で、今度は普通に舟囲いに。相手側が48玉型で5筋を交換してきたので、無条件で45角から馬を作って優勢に。終盤追い上げられたものの、なんとか逃げ切った。
 2回戦、今度は相穴熊。駒得になり優勢を意識したが、攻め合うか受けに回るか方針を迷う。15分切れ負けで相穴熊という理由から前者を選択したが、これがどうだったか。実戦は相手が詰みを逃して辛勝。運には恵まれているようだ。
 3回戦も相手が四間飛車穴熊を選択。定跡と違う手順で組んできたので、思い切って咎めにいったが、失敗し見事な作戦負けに。じっくり指されたら苦しかったが、短期決戦に来られたためチャンスが生じ、相手のポカもあって最後は圧勝形になった。これでベスト4だ。
 結果報告に行くと、そこには見覚えのある顔が。阪大OBのしんじ氏だ。トーナメント表を見たところ、準決勝の相手は彼だった。彼も関東で働いているのだが、ちょうど関西に帰ってきたところらしい。連休も終盤に差し掛かろうとしている私からすれば、羨ましい限りである。
 私の希望で少し時間を取り、10分ほどして対局開始。後手しんじ氏のウソ矢倉に対し、私は急戦でガンガン攻めた。堅くはないが、攻めてる、切れない、時間リード。実戦的に勝ちやすいと思っていた。
 終盤の入口で私に甘い手があり、かなり追い上げられたが、時間のリードは大きかった。図の局面で私は残り2分ほど、対して相手は30秒ほど。そして、ここで慌てて指した△6七金が敗着となった。詰めろになっていない上に、金の質駒ができてしまった。感想戦で調べたところ、ここで△5八角なら後手勝ちという結論となった。08Aug1477手.gif
 こうして、先程は1回戦で圧敗した私が、なんと決勝まで勝ち上がってしまった。特に調子が良いとも思わないし、実際に悪手もかなり指しているのだが、とにかく運に恵まれている。あと1つ勝てば、早指しトーナメント4年ぶりの優勝だ。
 しかし、悪運もここまでであった。龍谷大現役のT氏との決勝は、相手の一手損角換わりから私が右玉に構えたのだが、中盤の入口で一歩交換しようとした手を見事に咎められ、あとは一方的に打たれるばかり。この日の初戦に続き、将棋を指した気がしないほどの圧敗であった。
 短い感想戦を終えた私に、スタッフから賞品が渡された。飯塚六段著「最強棒銀戦法」だった。棒銀はすることもされることも滅多にないので、実用性は微妙だが、まあ何かの役には立つだろう。
 準決勝のあたりから姿を見せていた桃山学院大OBのロックマン氏としばし雑談し、一緒に天王寺駅まで行く。しんじ氏やロックマン氏など、旧知の人物と予期せずばったり会うことが多いのも、近鉄将棋まつりの醍醐味の1つだ。彼らがいなければ、私にとっての将棋まつりは、将棋を指すだけの味気ないものになっていただろう。
 その後、私は和歌山県の橋本市に向かった。父方の祖母を訪ねるためである。夕方頃に行くつもりだったのだが、ずいぶん遅くなってしまった。しかし、それは決勝まで勝ち進んだことが原因であり、電車の中でも私は上機嫌であった。

 そして連休最終日。疲れていたこともあって、15時過ぎまでは休養に充てた。それまでほとんど見ていなかった五輪中継も多少は見た。競技が何であっても、スポーツ観戦というのはおもしろいものだ。
 新今宮を経由して、新大阪から新幹線で東京へ。既に夕食の時間帯になっていたこともあり、過ごし方は往路と同じ。まずは酒、次は弁当である。酔っ払わないと憂鬱で仕方がないというのが、正直なところである。
 こうして、この夏最大の連休は終わった。スタートがちょっと遅れたのは残念だったが、それ以外はやりたいことをほぼ予定通りこなせたし、結果もまずまずだった。充実した連休だったと思う。
 連休が終わる憂鬱さもいつもながら相当なものなのだが、それは私の性格上致し方ない。近いうちにまた関西に帰ることになりそうなので、また充実した時間を過ごしたいものである。
posted by せた at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

充実と憂鬱(前編)

 連休が終わった。再び仕事中心の生活が始まると思うと憂鬱なのだが、それはいつものことだ。振り返ってみれば、たいへん充実した3日間だった。あっという間に過ぎ去ったけれど、印象に残ることがいくつもあった、そんな3日間を、簡単に振り返ってみたい。

 9日の夕方、私は神田駅から山手線に乗り込んだ。本当はもっと早く出るつもりだったが、仕事が入ってしまったのだ。なんとか片付けたとはいえ、機嫌が良かろうはずがない。
 東京駅で50分ほど時間をとり、必要な物を買う。買ったのは家族への土産、暇潰し用の本、そして缶ビールとおつまみである。そして、18時30分発の新幹線のぞみで、私は東京を後にした。
 京都までの所要時間は2時間20分。ただ寝るのみで過ごすにはちょっと長い。そう思ったので本を買ったわけだが、これは正解だったようだ。ビールを飲み、車内販売で弁当を買って食べた後、本を半分ほど飲んだあたりで睡魔に襲われ、気付いた時には京都到着の直前だった。
 京都からは近鉄で大和郡山へ。会社を出てから実家に着くまでおよそ5時間。新幹線とは実に便利なものだと、改めて思った。

 翌日はウエスタンの麻雀大会。これが連休のメインイベントである。朝10時頃に実家を出て梅田へ向かう。久しぶりに会う友人も多く、最近麻雀をほとんど打っていなかったので、大会が楽しみで仕方なかった。
 この麻雀大会は今回が4回目で、盆と正月の恒例行事として定着してきた。今回は欠席者が多かったが、それでも10人集まるあたりがウエスタンの恐ろしさである。
 さて、この大会は優勝すれば名人、最下位になったら銀行の称号が贈られるのだが、名人位を争うか銀行回避を狙うことになるかは、序盤の2〜3半荘で決まる。どうせなら名人レースに加わり、銀行争いは高みの見物といきたいところで、そのためにはスタートダッシュが肝心だ。
 幸いにして私は序盤戦から好調で、staysilver、three colors両氏と名人位を争う展開に。逆に、私の得点源となってくれたおなかぽんぽこ氏は、銀行レースを独走する羽目になった。
 中盤でレースが動く。three colors氏がα氏から国士無双を和了したのだ。これで名人レースが独走状態、銀行レースが混戦になる。しかし、α氏は次の半荘でトップを取り、銀行争いからは脱出した。
 最終半荘を迎えた時点で、トップは依然としてthree colors氏。2位がstaysilver氏、3位が私という状況だった。私が名人を奪取するのは事実上不可能だったが、なんとか場を盛り上げたいものだ。
 その思いが通じたのか、この半荘は絶好調で、良い手牌が次々と入る。一方、ツキがなかったのはstaysilver氏。それなりに手は入っていたようだが、毎局のように私の和了牌を掴まされた。結局、この半荘トップの私がラスだったstaysilver氏を交わして2位浮上。three colors氏は傍観しているだけで優勝決定となった。
 銀行位はおなかぽんぽこ氏。前半の3半荘連続最下位が大きかった。やはり、麻雀大会はスタートが重要なようだ。
 その後は飲み会。気心の知れたメンバーで、楽しい時間を過ごした。解散は午後8時過ぎ。優勝できなかったのは残念だが、準優勝は過去最高の成績だし、何よりウエスタンの仲間と楽しく麻雀を打てたのが良かった。次は年末になるだろうが、今度はthree colors氏から名人位を奪取したいものである。
posted by せた at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

社団戦初日回顧

 社団戦の初日から、1週間が過ぎた。はっきり言って、むちゃくちゃ長い1週間だった。疲れが溜まり、手近な大目標もなくなった状態で仕事中心の生活をこなすのは、かなりつらいものがあった。
 今になって思うのは、いかに自分が気負っていたかということである。主将をしていた昨年よりも、今年の方が入れ込んでいた。自分のプライドを満足させるには、自分自身が勝つしかなかったからだ。
 だが、結果は芳しくないものだった。チームも然り、自分自身もまた然り。それが、疲労を一段と増幅させた。
 そんな社団戦初日を、遅ればせながら簡単に振り返ってみたい。

 初戦の相手は紅萌。京大OBのチームだ。私は大将で起用された。相手側の大将は元アマ名人のK氏。チームメイトは私の勝利を期待しないだろうが、だからこそ一発入れたい。私は闘志満々だった。
 将棋は矢倉模様から私が穴熊、K氏が雁木に組み、互いに神経を使う展開に。30分の持ち時間は双方とも早々と使い果たし、30秒将棋が延々と続いた。
 私が馬脚を現し、はっきり負けの局面になった頃、隣のばとらー氏が投了。ギャラリーが減り、私はチームの負けを悟った。ほどなく私も投了し、スコアは2-5となった。
 敗れはしたが、私個人としては力を出しきれた。団体戦での連勝は残念ながら8で止まってしまったが、それほどショックでもなかった。

 2局目の相手は神風会で、私は抜け番。応援や偵察活動をして過ごした。チームの戦況は芳しくなく、それでもなんとか凌いでくれるのではないかと期待していたが、結果は2-5。
 正直、チーム連敗で3局目に登板することになるとは思わなかった。さきほど他の選手の将棋をひととおり見たが、本来の力を出し切れていない人が多い。ここはひとつ、自分が勝ってチームの連敗を止めてやろうではないか。そんなことを思いながら、次の野島道場戦に臨んだ。

 私は六将での出場で相手はI氏。一手損角換わりをされたので、ことらは端の位を取って右玉に。戦法の性質上、仕掛けどころが難しく、焦ってはいけないという思いもあって、30分30秒の将棋としては異常なくらいのスローペースになり、両者ともほぼ持ち時間を使い果たしてから、戦端が開かれた。
 ここが運命の分かれ目だった。相手が動いた瞬間、角を打ち込めるタイミングがあったのだ。局後に指摘されて気付いたのだが、対局中は他の手を読んでいて、全く思いつきもしなかった。この逸機によって相手に主導権を握られ、苦戦を強いられることになる。
 私の指し手は乱れに乱れ、いつの間にかクソ粘りモードに。投了してもいいかなと思ったが、チームがこういう状態だし、気力のみで指し続けた。時間が押してきたため双方20秒将棋になる。頓死や時間切れの楽しみが生じるので、これは歓迎だ。そして、ついに刀折れ矢尽きたかというところで、相手の時間が切れた。
 勝ちはしたが内容は最悪に近い。体力も相当消耗した。中盤の入口で角を打ち込んでおけば、こんなことにはならなかったのに。チームは6-1。2敗している以上、昇級争いは勝数勝負も考慮に入れなければならず、この私の1勝も貴重ではあるのだが…。

 続いて東北大学OB会との対戦。私は七将での出場で相手はH氏。聞いたことがある名前なので、おそらく主力選手だろう。横歩取りに誘導したが相手は乗らず、相掛かり相中住まいという、あまり見かけない戦形になった。
 お互いに手を出しにくい展開になる。こちらは後手だし千日手でもOKだ。それはわかっていた。しかし、どうせ千日手模様になるなら好形を築いておこうと思ってしまった。神経戦の後手番としてはあまりにも不用意な一手。相手は長考の末、これを的確に咎めた。
 駒割りこそ飛角交換だが、こちらは陣形が上ずっており、飛車の打ち込みが受からない。駒をぽろぽろ取られるのを、指を咥えて見ているしかなかった。あとは持ち時間がなくなるまで長引かせただけ。惨敗だった。
 この時点でチームは3-1で、最終結果は5-2。チームとしては立ち直ったが、私の心が晴れることはなかった。

 自分の勝敗だけを見ると、まあ想定の範囲内ではある。しかし、私は大きな問題の存在を痛感していた。体力の低下である。気力はあっても、スタミナがないため燃料切れを起こしてしまう。
 これは解決する問題なのか。実戦をこなしていけば体力は持つようになるのか。私にはそうは思えなかった。私にとって、個人戦と団体戦は全く異質のものだからだ。体力の消耗も全く違う。
 自分がチームに貢献していくためには、自分のプライドを満たす活躍をするためには、どうすればいいのか。突きつけられたこの問題、答えはまだ出ていない。
 しかし、8月末にはまた社団戦がある。答えが出るのを待ってはいられない。心のもやもやが晴れることはないだろうが、次こそは自分の納得できる結果を出せるように、自分なりに準備していきたいと思う。
posted by せた at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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