2008年11月25日

東北秋旅・その5

 朝7時45分、北上行の列車が横手駅を出発。前日ほどではないが、この日も早いスタートだ。東側の席に陣取ったので、朝日が眩しい。とりあえず缶コーヒーとパンで朝食を済まし、その後は時刻表で行程を確認して過ごした。
 ほっとゆだという駅で降りる。ここで途中下車した理由は、駅舎内に温泉銭湯があるからである。せっかく東北に来たのだから、やはり温泉はぜひ行っておきたいところだ。
 改札を出て、まず銭湯へ。250円は安い。規模としては小さいが、先客はけっこういる。地元のおっちゃんが朝風呂に来ているようだ。連れ立って来ていて大きな声で喋るので、いささか肩身が狭い。
 湯船に足をつけて驚く。熱い。じっと浸かっていられるのは1〜2分だ。地元のおっちゃん達もここは熱いと言っている。このあたりは小規模の温泉が多いから、おそらくいろいろ行っているのだろう。
 風呂から上がり、少し休憩して午前9時。駅前の観光案内所が開く時刻で、私はさっそくそこでレンタサイクルを借りた。次の列車は10時48分発なので、まだ2時間近くある。ここはサイクリングを楽しむ一手だ。もちろん、近辺の地図もいただいて行く。DSCN0266.JPG
 この駅と温泉は、錦秋湖というダム湖のすぐ近くにあり、自転車を1分もこぐと、湖畔にたどり着いた。人工の湖ではあるが、山に囲まれた湖というのは風情があり、景色も美しい。
 湖に沿って自転車を走らせる。この湖は東西に長く、瓢箪のような形をしており、地図によると手頃な場所に橋がある。この橋を利用し、ぐるっと回って駅に戻ってくれば良いだろう。
 予定通り橋を渡り対岸へ。右側は山が迫っており、落石注意の標識がある。ほかに、クマ出没注意という旨の看板もあった。人の気配は全くなく、1人で通るのは若干心細い。
 しばらく進むと周囲が開けてきた。公園があり、人が何人かいるようだ。そのそばには川が流れていて、湖との境にはダムが設置されている。DSCN0286.JPG
 公園を抜けてダムの方に行ってみる。ここは貯砂ダムらしく、詳しくはわからぬが砂を貯められるような仕組みになっているのだろう。一般人の通行も可能で、ちょうど滝の裏側に入れるようになっていた。目の前を大量の水が落ちていくのは、なかなか迫力がある。
 さらに自転車を走らせ、駅の方へ向かう。これと言って見るべき物もなく、予想以上に早く進んだ。そのため20分ほど時間が余ってしまったが、特に何をするでもなく、先頭のカウンターも兼ねている駅の売店で地元産の牛乳を買って飲んだくらいだった。
 そして、予定通り北上行の列車に乗り込む。けっこう混雑していたが何とか空席を見つけ、北上まで一眠りした。
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2008年11月17日

東北秋旅・その4

 酒田を15時37分に出た東能代行は、秋田へと北上していく。私は特にすることもなく、携帯電話で競馬の結果を調べるなどして、のんびりと過ごした。
 次第に太陽が西に傾いてくる。17時頃には日が暮れるだろう。この先の区間は海沿いを通るはずなので、うまくいけば海に沈む夕日を眺められるかもしれない。
 ガラガラの車内でそんなことを考えていたのだが、この平和な時間はあっけなく終わってしまった。途中の駅でハイキング帰りの客が大量に乗ってきて、立ち客も出るほどの状態になったのだ。数人のグループがいくつもあるようで、それぞれ雑談で盛り上がっていて、かなり騒がしい。
 やがて、電車は海岸沿いにさしかかる。車窓からは夕日が見えるらしく、興奮している客が多い。私は海側の席で山側を向いて座っていたのだが、反対側の席から人が押し寄せてきて、息苦しいほどだ。首を回せば海に沈む夕日を眺められることはわかっていたが、そんな気にもならなかった。スペースが狭くて他の客にぶつかりそうで、他人に迷惑をかけてまで見ようとは思わなかったのだ。
 車内から夕日を見る代わりに、私は電車を降りた。下浜という駅だった。この日は横手まで行く予定で、1本後の電車でも20時前には横手に着く。すなわち、あと1回途中下車できるのだ。ならば、この喧騒を回避し、静かな海を眺めるのがいい。
 駅を出たところにコンビニがあり、その右手には海岸へと下っていく階段がある。「下浜海水浴場」の表示もある。コンビニに立ち寄った後、階段を下る。
 数分歩いて砂浜に入る。海水浴場だけあって、夏は海の家として稼動しているらしい建物もいくつかあった。誰もいないだろうと思っていたが、1つだけ人影があった。誰もいないよりかえって不気味だ。
 太陽は雲に隠れていたが、夕焼けは美しい。波打ち際まで歩き、何枚か写真を撮った。風がきつく、かなり寒い。ずっとここにいたら風邪を引きそうだ。とりあえずコンビニに戻り、ホットドリンクを買って、駅のベンチで飲んだ。DSCN0237.JPG
 まだ時間はたっぷりある。そこで、少し休憩した後、再び海岸に下りた。当然ながら、先程よりも暗くなっている。再び景色をカメラに収める。
 駅に戻り、再び先へ進む。今度はうるさい行楽客もおらず、撮った写真を見るなどしてのんびりと過ごした。秋田で湯沢行に乗り換え、本日の最終目的地である横手に向かう。

 横手に着いたのは夜の8時前。まだ宿をとっていなかったので、駅前にあったビジネスホテルに電話してみる。1泊素泊まり4500円とのことで、即座にここに決定。それ以上に節約しなければならないという局面ではない。
 荷物を置いて少し休んだ後、夜の街に繰り出す。目的は名物・横手焼きそばを食べることだ。駅に広告を出している店に行ってみたが、臨時休業だったので、駅前にある居酒屋に入る。ここでも横手焼きそばを食べることができ、実はけっこう有名店のようだ。
「なんにする?焼きそば?」
 見知らぬ客を見た店員のおばちゃんは、こう声をかけてきた。おそらく私のような旅行者はけっこういるのだろう。
「とりあえずビールで」
 少し酔ったところで、待望の横手焼きそばをいただく。焼きそばの上に目玉焼きが乗っているのが特徴だ。肉は挽き肉を使っており、これも珍しい。名物だけあって、味はなかなか良かった。卵と焼きそばは相性が良い。欲を言えば、もう少しボリュームがあればなお良かったが。
「あら、色男」
 支払いをしようとした際、店員のおばちゃん(さっきの人とは別人)にこう言われて、「どこがやねん」とツッコミを入れたくなった顔面真っ赤の酔っ払いがいたことは内緒である。

 こうして、朝5時前から始まった長い1日が終わった。無事に1日を終えた喜びよりも、あと1日で非日常が終わることによる憂鬱さの方が大きかった・
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2008年11月09日

眼鏡生活

「誰かと思ったよー」
 昼過ぎ、作業のために出社すると、入口付近で煙草を吸っていた某氏にそう言われた。残念ながら休日出勤自体は珍しいことではない。私が眼鏡をかけているのが珍しかったのである。
「実は右のコンタクトを割ってまいまして…」
 こうなると、事情を説明するのが話の流れというものだ。朝、コンタクトレンズ装着前に指でこすって洗浄していると、突然感触が変わった。よく見ると割れていた。ゆえに眼鏡で生活する以外にない。
「しかし全然違うねー」
「変装に使えるくらいでしょ」
「うんうん」
 このやり取りが示すように、眼鏡をかけているのとかけていないのでは、全く雰囲気が違うようである。まあ、度がきつくてフレームがけっこう目立つ眼鏡をかけている以上、当然といえば当然なのだが。

 では評判の方はどうかというと、眼鏡も結構悪くない。ある人によると、コンタクトだと怖い顔に見えることがあるという。確かに、対局中の表情などは、人によっては怖いかもしれない。眼鏡だとそれが和らぐということだろう。
 もっとも、だからと言ってコンタクトレンズ使用をやめるつもりはない。かなり厚いレンズの眼鏡を使用しており、鏡で見てもそれが目立つので、眼鏡姿はどうも好きになれないのである。
 だが、とりあえずあと2日は眼鏡で生活するしかない。眼科に行ってコンタクトを処方してもらったのだが、レンズが取り寄せになるらしく、月曜にならないと手に入らない。即入手したかったので規模の大きいところへ行ったのだが、意味がなかった。
 しかし、月曜に手に入るだけでも、よしとしなければなるまい。もし船堀周辺で行っていたら、開いている時間帯に行くことができず、受け取る見通しすら立たなかっただろうから。
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2008年11月03日

11年の重み

 先日、実家から1枚の棋譜が届いた。11年前の棋譜だ。高校選手権男子個人戦の準々決勝、A氏とT氏の対局である。私の地元である奈良で全国大会が開催されたときのことで、この対局の記録を採ったのが私だった。
 対局者の2人は私と同期で、今では友人となっているが、この時までは名前しか知らなかった。前年優勝者VS高専名人。高校県代表にすよらなれなかった私にとっては、2人とも雲の上の存在だった。
 その2人の対局は、大熱戦になった。私に見えていなかった手が次々と出てきて、感嘆させられることが何度もあった。途中では後手のT氏が良さそうに見えたこの将棋は、簡単に寄りそうだった先手A氏の玉が寄らず、結局159手で先手勝ちとなった。
「300手くらい指したかと思った」
 局後にA氏から出た言葉は、今もよく覚えている(本人はどうだか知らぬが…)。私はこの一言を聞いて、そんな熱戦に立ち会えたことに喜びを感じたものだ。

 1ヶ月ほど前、この時の対局者と記録係の計3名が、酒席をともにする機会があった(他の面子もたくさんいたが)。その時にこの将棋が話題に上り、両氏とも棋譜は手元にないとのことで、私は実家に連絡して探してもらうことにした。そして数週間後、1枚の棋譜が届いた。

 私はさっそく盤駒を出し、棋譜を並べ始めた。後手の四間飛車穴熊に先手銀冠。先手が強引に動いたが、無理筋だったようで後手優勢に。しかし、後手の攻め方がまずかったのか先手玉は寄らず逆転。後手は自陣に角2枚を利かせて粘ったものの、先手が勝ちきった。今回並べてみて、そんな将棋のように見えた。
 この感じ方は、11年前とは全く違った。最大の違いは「感触の悪い手」の有無だった。当時はそれが全くわからなかったが、今回並べた際には、それを感じることが何度かあった。
 正直に言って、11年前ほどの感動はなかった。もっと凄い将棋だったような印象があったのだ。それはおそらく、当時の私の目が肥えていなかったからだろう。奈良県内の大会しか出たことがなく、内容の濃い将棋を見たことがほとんどなかったのだ。
 私も11年前よりは強くなっているが、当時の彼らと比べると、やはりはるかに弱い。しかし、11年前の彼らよりも、11年長く生きている。大学、社会人と、何千局も将棋を指し、何千局も将棋を見た。これは紛れもない事実である。
 だからと言って、この1局の価値はなんら色褪せるものではない。今の彼らには指せない、高校生ならではの大熱戦。考えようによっては、大人の将棋よりも価値の高いものだと言えるだろう。

 あの頃は若かった、3人とも。
 並べ終えると酒を飲みたくなったが、もう夜も遅かったので自粛した。
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2008年11月02日

東北秋旅・その3

 酒田に着いた私は、まず駅構内の観光案内所へ。レンタサイクルを借りようと思ったのだが、残念ながら全て貸出中とのこと。仕方がないので、パンフレットの類をいくつかもらって街へ繰り出す。
 まずは駅の北西にある本間美術館へ。ここは、日本一の大地主と言われた本間家の別荘「清遠閣」と庭園、企画展のある新館からなるスポットだ。まず新館に入り、1kmほど離れた本間家旧本邸との共通券(1400円)を購入。続いて新館を一通り回ったが、企画展が書道に関するもので、私には全くわからず、早々と退出した。
 庭園を通って清遠閣に向かう。有名な大名庭園にはさすがに見劣りするものの、規模も大きく美しい庭だった(写真上)。鶴岡ではずっと晴れていたのに、ここに来て空が曇ってきたのは少し残念。清遠閣も趣向が凝らされた建物で、なかなかおもしろかった。DSCN0145.JPG
 その後、15分ほど歩いて本間家旧本邸へ。昼食がまだなので、途中に適当な店があれば入ろうと思っていたが、何も見つからぬまま目的地に到着。ここは屋敷と別館(店舗)が公開されているのだが、先に別館から入る。ここは本間家が使用していた商売道具などの資料展示もあり、土産物の販売も行われていた。団体客が多く賑やかだが、逆に自分は浮いているような感じで、早々に脱出した。
 次に向かいの屋敷へ。本間美術館で買ったチケットを出し、中に入って適当に見学していると、スタッフの女性に呼び止められる。今から説明が行われるらしい。
 入口近くに集まった客は、20人くらいはいただろうか。中年〜初老の人が多く、孫らしき少年を連れた人もいる。着物の女性の説明は、年季の入ったバスガイドさんという感じで、1対1だった鶴岡の旧風間家「丙申堂」とはずいぶん違った。
 説明によると、ここは幕府の役人が泊まるために用意された武家造の部分と、本間家が使用する商家造の部分に分かれていて、素材等も全く異なっているという。言われるまで気付かなかったが、確かに説明を聞くと一目瞭然だ。他の説明もわかりやすくおもしろかったのだが、建物の中を集団でぞろぞろ歩いていると、自分がツアー客になったみたいで、いささか妙な気分だった。何を見るにも良い位置は取れないし、快いものではない。
 ここは撮影禁止だったので、集団で邸内を一通り回った後、すぐに外へ出た。次の目的地は徒歩数分のところにある旧鐙屋だ。引き続き市街地を通るのだが、やはり食事に適当な店はない。しかし、時間の余裕もないので、無理に探すことはせず旧鐙屋へ直行した。
 旧鐙屋は江戸時代に栄えた廻船業者で、入ってすぐの所に船のミニチュアがある。スタッフが数名のグループに対して概要の説明をしていて、その終了後には私1人に対しても説明をしてくれた。DSCN0175.JPG
 ここも屋根には石が使われていて、数年前に全面的な解体修理をしたばかりだとか。確かに柱や壁は比較的新しいように見える。人形を使って江戸時代の様子を再現しているところもあった(写真中)。この日だけで商家はいくつも回ったが、それぞれ見せ方にも個性があって、実におもしろい。
 ここは撮影自由だったので、何枚か写真を撮った後脱出。次は10分ほど歩いて山居倉庫へ。ここは米を貯蔵した倉庫が並んでかおり、一部は土産物屋や資料館になっているものの、残りは今も現役の倉庫だとか。
 入口付近はかなり混雑していたが、先へ進むとそれほどでもなかった。ショッピングをしている人が多いようだ。木造の倉庫が十数棟並び、ケヤキの大木がそれと平行に列を成しているさまは、壮観であった(写真下)。DSCN0202.JPG
 倉庫の1つを利用した庄内米資料館などにも寄りたかったが、時間がないので断念。歩いて駅に戻ることにする。依然として空腹感は相当なものだが、もう駅で何か買う以外にない。
 途中で酒田町奉行所跡を発見。小さな祠と奉行所のミニチュアが乗った石碑がある以外は、ただの空き地という感じだった(ミニチュアはよくできていたが)。灯籠状のボックスにパンフレットが入っていたので、1部いただいて行く。
 酒田の街を少々急ぎ気味に歩き、駅に帰り着く。キヨスクでサンドイッチと缶コーヒーを買い、秋田方面東能代行きの電車に乗り込んだ。


posted by せた at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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