2008年11月03日

11年の重み

 先日、実家から1枚の棋譜が届いた。11年前の棋譜だ。高校選手権男子個人戦の準々決勝、A氏とT氏の対局である。私の地元である奈良で全国大会が開催されたときのことで、この対局の記録を採ったのが私だった。
 対局者の2人は私と同期で、今では友人となっているが、この時までは名前しか知らなかった。前年優勝者VS高専名人。高校県代表にすよらなれなかった私にとっては、2人とも雲の上の存在だった。
 その2人の対局は、大熱戦になった。私に見えていなかった手が次々と出てきて、感嘆させられることが何度もあった。途中では後手のT氏が良さそうに見えたこの将棋は、簡単に寄りそうだった先手A氏の玉が寄らず、結局159手で先手勝ちとなった。
「300手くらい指したかと思った」
 局後にA氏から出た言葉は、今もよく覚えている(本人はどうだか知らぬが…)。私はこの一言を聞いて、そんな熱戦に立ち会えたことに喜びを感じたものだ。

 1ヶ月ほど前、この時の対局者と記録係の計3名が、酒席をともにする機会があった(他の面子もたくさんいたが)。その時にこの将棋が話題に上り、両氏とも棋譜は手元にないとのことで、私は実家に連絡して探してもらうことにした。そして数週間後、1枚の棋譜が届いた。

 私はさっそく盤駒を出し、棋譜を並べ始めた。後手の四間飛車穴熊に先手銀冠。先手が強引に動いたが、無理筋だったようで後手優勢に。しかし、後手の攻め方がまずかったのか先手玉は寄らず逆転。後手は自陣に角2枚を利かせて粘ったものの、先手が勝ちきった。今回並べてみて、そんな将棋のように見えた。
 この感じ方は、11年前とは全く違った。最大の違いは「感触の悪い手」の有無だった。当時はそれが全くわからなかったが、今回並べた際には、それを感じることが何度かあった。
 正直に言って、11年前ほどの感動はなかった。もっと凄い将棋だったような印象があったのだ。それはおそらく、当時の私の目が肥えていなかったからだろう。奈良県内の大会しか出たことがなく、内容の濃い将棋を見たことがほとんどなかったのだ。
 私も11年前よりは強くなっているが、当時の彼らと比べると、やはりはるかに弱い。しかし、11年前の彼らよりも、11年長く生きている。大学、社会人と、何千局も将棋を指し、何千局も将棋を見た。これは紛れもない事実である。
 だからと言って、この1局の価値はなんら色褪せるものではない。今の彼らには指せない、高校生ならではの大熱戦。考えようによっては、大人の将棋よりも価値の高いものだと言えるだろう。

 あの頃は若かった、3人とも。
 並べ終えると酒を飲みたくなったが、もう夜も遅かったので自粛した。
posted by せた at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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