2009年07月12日

社団戦記3 −凌ぐ−

 負けた後どう過ごすか、それは大きな問題である。先の負けをなるべく引きずらないようにしなければならないのだが、社団戦は次の対局までの時間が短く、できることは限られている。会場はビルの5階で、人が多くエレベーターも混雑するから、外へ出るのも一苦労だ。
 しかし、それでも私は外へ出ることにした。とにかく頭を冷やさなければならないと思ったのだ。チームメイトの某君を強引に誘って、道路を挟んだ向かい側にあるコンビニへ。栄養ドリンクを買って、店の前の歩道で飲む。そのくらいで元気になるほど単純にはできていないつもりだが、それでも多少は効果があっただろう。

 会場に戻ってきた時には、既にオーダーは決まっていた。次は東洋大学白山会2との対戦で、私は再び大将での出場だ。大将だから相手がきついということもない(まあ平均すると5〜7将よりは強いだろうが)し、特に嫌う理由はない。私は対局中に席を外すことが多いので、好都合であるとも言える。
 さて、今度は相手がノーマル四間飛車を採用。私はもちろん穴熊に潜る。振り飛車の指し方が消極的で、こちらは積極的に仕掛けて優勢を築いた。私は大駒を全て取るなど快調に指し進め、図の局面を迎える。09Jul06-3 97手.gif
 私はここで決めに出た。△1六桂▲2七玉△3九龍▲同銀△同馬と進行。飛車を渡したが、▲4一飛は△2一銀で耐えている。相手は△2一銀に▲1三香不成ときたが、△同金▲同桂成に△2八金から詰まして勝ち。
 後で冷静に見てみると、図の局面は反則でもしない限り負けようがない。△2一玉▲1三香成△3二金としても楽勝ではないか。しかし、対局中はとてもそうは思えなかった。逆転負けを恐れ、怯えていたのだ。まだ先の負けを引きずっていて、本調子ではないように感じられた。
 
 チームは4-3の辛勝。あと1つからが長かったが、なんとか凌ぎきった。私を含めて悪い負け方をした者は何人かいるのだが、他のメンバーがうまくフォローできている。チームの状態は良好だ。
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2009年01月04日

箱根

 新春と言えば箱根である。物心ついた頃から、家族で見るのが習慣になっていた。近年は用事が入ることも増えたが、それでもできる限りテレビ観戦するようにしている。

 今年は、職場で箱根駅伝を見た。いわゆる休日出勤だが、人が少なく、テレビを見るのが憚られるような状況ではない。テレビの前の大机に陣取り、パソコンを使わない作業を進めつつ、ときおりテレビに目をやる。10時半頃から約4時間、私はそれを続けた。
 毎年私が応援しているのは、関東学連選抜チームだ。自分も選抜チームの一員として西日本大会に出たことがあるため、親近感が湧くのである。このように大舞台に出られない大学の選手が日の目を見るのは、非常に良いことだと思う。
 その選抜チームだが、今年は9位という成績だった。昨年の4位には及ばなかったものの、見事にシード圏内に入った。これでシード校が1つ減り、予選会からの出場枠が1つ増える。選抜の選手達は、自大学の仲間によい報告ができるだろう。

 残念だったのは、今年も棄権校が出たことだ。城西大学の8区の選手が故障し、無念のリタイアとなってしまった。これが駅伝の恐ろしいところで、1人でもダウンしてしまうと、チーム全体が棄権扱いとなってしまう。将棋の団体戦はもちろんのこと、野球やサッカーにしても、1人の故障発生で即終了ということはない。
 ただ、立派だったのは、記録が残らないにもかかわらず、城西大の9区10区の選手が好記録を残したことだ。特に、9区を走った伊藤主将は、区間賞の選手のタイムを上回る好タイムだった。棄権したチームなので区間賞にはならないが、それ以上の価値のある快走だったと思う。
 今年の9区には、区間賞が2人いた。今そう思っている人は、全国各地にたくさんいるだろう。しかし、数年経ってそれを覚えている人は、いったい何人いるだろうか。おそらく、私を含めほとんどの人が、すっかり忘れてしまうだろう。
 公式記録と参考記録の差は、そこにある。公式記録はインターネットなどで調べれば出てくるが、参考記録は出てこない。
 主将は、それを知りつつ全力で走った。チームのために、自分自身のために。そして結果を出した。本当に素晴らしいことだと思う。
 そんな主将が率いた城西大が、悪いチームであるはずがない。今回は残念な結果だったが、残された後輩は捲土重来をめざすことだろう。今後の戦いぶりに注目したい。
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2008年12月24日

ヒトカラ

 禁断の(と某君がブログで書いていた)ヒトカラなるものに行ってきた。祝日の夜10時前に入店し、1時間ほど1人で淋しく歌ってきた。

「今から1人っていけますか?」
「大丈夫ですよー」
 店員は平然としている。特に珍しいことでもないようだ。そこへ、大学生くらいの酔っ払いの集団が精算にやってくる。他にいるのは店員1人と私だけ。いきなり孤独感を覚えた。
 彼らが割り勘に手間取っている間に私は手続きを済ませ、部屋に入った。とりあえず飲み物の注文と曲の選択をしなければならない。仲間がいれば手分けしてやるところだが、1人でやるとちょっと面倒だ。次の曲を入れるのにも手間取るし、時間の無駄は多い気がした。
 途中から採点システムを作動させてみる。1人ということで、人前で歌ったことのない曲をいろいろ歌ったのだが、それらが使えるかどうかの判断基準として、採点システムは役立つだろう。
 採点を始めた1曲目で、いきなりこの機械のハイスコアを更新。もっとも、このハイスコアがどのようなものなのかわからない(ほとんど誰も使っていなかった可能性もある)ので、素直には喜べないが。まあ、感触が悪かった曲は点数も悪かったので、参考資料としては全くの無意味ではないだろう。

 1時間で退出。もう喉は限界に近かった。1人でぶっ通しというのは、けっこう消耗する。体力もかなり奪われたし、延長しようという気はまったく起こらなかった。
 歌いたかった曲はそれなりに歌えたが、試してみたい曲はまだたくさんある。大して金もかからないし、数週間から1ヶ月に1回くらいは、1人カラオケに行くのも良さそうだ。
 問題点を強いて挙げるとすれば、部屋の前を通りがかかった店員や他の客が、中をちらっと見ていくことだ。自意識が強いもので、「こいつ1人かよー」というような目で見られているような気がしてならないのだが…。
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2008年11月09日

眼鏡生活

「誰かと思ったよー」
 昼過ぎ、作業のために出社すると、入口付近で煙草を吸っていた某氏にそう言われた。残念ながら休日出勤自体は珍しいことではない。私が眼鏡をかけているのが珍しかったのである。
「実は右のコンタクトを割ってまいまして…」
 こうなると、事情を説明するのが話の流れというものだ。朝、コンタクトレンズ装着前に指でこすって洗浄していると、突然感触が変わった。よく見ると割れていた。ゆえに眼鏡で生活する以外にない。
「しかし全然違うねー」
「変装に使えるくらいでしょ」
「うんうん」
 このやり取りが示すように、眼鏡をかけているのとかけていないのでは、全く雰囲気が違うようである。まあ、度がきつくてフレームがけっこう目立つ眼鏡をかけている以上、当然といえば当然なのだが。

 では評判の方はどうかというと、眼鏡も結構悪くない。ある人によると、コンタクトだと怖い顔に見えることがあるという。確かに、対局中の表情などは、人によっては怖いかもしれない。眼鏡だとそれが和らぐということだろう。
 もっとも、だからと言ってコンタクトレンズ使用をやめるつもりはない。かなり厚いレンズの眼鏡を使用しており、鏡で見てもそれが目立つので、眼鏡姿はどうも好きになれないのである。
 だが、とりあえずあと2日は眼鏡で生活するしかない。眼科に行ってコンタクトを処方してもらったのだが、レンズが取り寄せになるらしく、月曜にならないと手に入らない。即入手したかったので規模の大きいところへ行ったのだが、意味がなかった。
 しかし、月曜に手に入るだけでも、よしとしなければなるまい。もし船堀周辺で行っていたら、開いている時間帯に行くことができず、受け取る見通しすら立たなかっただろうから。
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2008年08月14日

充実と憂鬱(後編)

 8月11日、朝10時前に実家を出て、天王寺に向かう。本日の目的地は近鉄百貨店阿倍野店、近鉄将棋まつりに参戦するのである。10時から受け付けている毎日新聞社杯には間に合わないので、13時からの早指しトーナメントに出るつもりでいた。
 近鉄百貨店の10階に着いたのは11時前。とりあえず誰か知り合いはいないかと探してみる。毎日新聞社杯のトーナメント表には知っている名前がいくつもあったのだが、皆対局中なので話し相手はいない。9階でおなかぽんぽこ氏に会ったが、彼は有料ゾーンに入っていった。
 結局、私はいったん近鉄百貨店を離れた。Mioで服を見たり(何も買わなかったが)、王将で昼食をとったりして、12時半頃に戻る。ちょうど13時からの早指しトーナメントの受付が始まるところで、受付を済ませた後、対局開始まで少し睡眠をとった。
 13時から手合がつけられ、ほどなく対局開始。相手がゴキゲン中飛車をしてきたので、試しに右玉で対抗してみた。序盤はまずまずだったが、その後の方針が悪かったようで、食い付きを許してしまい圧敗。不完全燃焼だったので、14時30分からの早指しトーナメントにも出ることにした。
 次の1回戦も対中飛車で、今度は普通に舟囲いに。相手側が48玉型で5筋を交換してきたので、無条件で45角から馬を作って優勢に。終盤追い上げられたものの、なんとか逃げ切った。
 2回戦、今度は相穴熊。駒得になり優勢を意識したが、攻め合うか受けに回るか方針を迷う。15分切れ負けで相穴熊という理由から前者を選択したが、これがどうだったか。実戦は相手が詰みを逃して辛勝。運には恵まれているようだ。
 3回戦も相手が四間飛車穴熊を選択。定跡と違う手順で組んできたので、思い切って咎めにいったが、失敗し見事な作戦負けに。じっくり指されたら苦しかったが、短期決戦に来られたためチャンスが生じ、相手のポカもあって最後は圧勝形になった。これでベスト4だ。
 結果報告に行くと、そこには見覚えのある顔が。阪大OBのしんじ氏だ。トーナメント表を見たところ、準決勝の相手は彼だった。彼も関東で働いているのだが、ちょうど関西に帰ってきたところらしい。連休も終盤に差し掛かろうとしている私からすれば、羨ましい限りである。
 私の希望で少し時間を取り、10分ほどして対局開始。後手しんじ氏のウソ矢倉に対し、私は急戦でガンガン攻めた。堅くはないが、攻めてる、切れない、時間リード。実戦的に勝ちやすいと思っていた。
 終盤の入口で私に甘い手があり、かなり追い上げられたが、時間のリードは大きかった。図の局面で私は残り2分ほど、対して相手は30秒ほど。そして、ここで慌てて指した△6七金が敗着となった。詰めろになっていない上に、金の質駒ができてしまった。感想戦で調べたところ、ここで△5八角なら後手勝ちという結論となった。08Aug1477手.gif
 こうして、先程は1回戦で圧敗した私が、なんと決勝まで勝ち上がってしまった。特に調子が良いとも思わないし、実際に悪手もかなり指しているのだが、とにかく運に恵まれている。あと1つ勝てば、早指しトーナメント4年ぶりの優勝だ。
 しかし、悪運もここまでであった。龍谷大現役のT氏との決勝は、相手の一手損角換わりから私が右玉に構えたのだが、中盤の入口で一歩交換しようとした手を見事に咎められ、あとは一方的に打たれるばかり。この日の初戦に続き、将棋を指した気がしないほどの圧敗であった。
 短い感想戦を終えた私に、スタッフから賞品が渡された。飯塚六段著「最強棒銀戦法」だった。棒銀はすることもされることも滅多にないので、実用性は微妙だが、まあ何かの役には立つだろう。
 準決勝のあたりから姿を見せていた桃山学院大OBのロックマン氏としばし雑談し、一緒に天王寺駅まで行く。しんじ氏やロックマン氏など、旧知の人物と予期せずばったり会うことが多いのも、近鉄将棋まつりの醍醐味の1つだ。彼らがいなければ、私にとっての将棋まつりは、将棋を指すだけの味気ないものになっていただろう。
 その後、私は和歌山県の橋本市に向かった。父方の祖母を訪ねるためである。夕方頃に行くつもりだったのだが、ずいぶん遅くなってしまった。しかし、それは決勝まで勝ち進んだことが原因であり、電車の中でも私は上機嫌であった。

 そして連休最終日。疲れていたこともあって、15時過ぎまでは休養に充てた。それまでほとんど見ていなかった五輪中継も多少は見た。競技が何であっても、スポーツ観戦というのはおもしろいものだ。
 新今宮を経由して、新大阪から新幹線で東京へ。既に夕食の時間帯になっていたこともあり、過ごし方は往路と同じ。まずは酒、次は弁当である。酔っ払わないと憂鬱で仕方がないというのが、正直なところである。
 こうして、この夏最大の連休は終わった。スタートがちょっと遅れたのは残念だったが、それ以外はやりたいことをほぼ予定通りこなせたし、結果もまずまずだった。充実した連休だったと思う。
 連休が終わる憂鬱さもいつもながら相当なものなのだが、それは私の性格上致し方ない。近いうちにまた関西に帰ることになりそうなので、また充実した時間を過ごしたいものである。
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2008年08月13日

充実と憂鬱(前編)

 連休が終わった。再び仕事中心の生活が始まると思うと憂鬱なのだが、それはいつものことだ。振り返ってみれば、たいへん充実した3日間だった。あっという間に過ぎ去ったけれど、印象に残ることがいくつもあった、そんな3日間を、簡単に振り返ってみたい。

 9日の夕方、私は神田駅から山手線に乗り込んだ。本当はもっと早く出るつもりだったが、仕事が入ってしまったのだ。なんとか片付けたとはいえ、機嫌が良かろうはずがない。
 東京駅で50分ほど時間をとり、必要な物を買う。買ったのは家族への土産、暇潰し用の本、そして缶ビールとおつまみである。そして、18時30分発の新幹線のぞみで、私は東京を後にした。
 京都までの所要時間は2時間20分。ただ寝るのみで過ごすにはちょっと長い。そう思ったので本を買ったわけだが、これは正解だったようだ。ビールを飲み、車内販売で弁当を買って食べた後、本を半分ほど飲んだあたりで睡魔に襲われ、気付いた時には京都到着の直前だった。
 京都からは近鉄で大和郡山へ。会社を出てから実家に着くまでおよそ5時間。新幹線とは実に便利なものだと、改めて思った。

 翌日はウエスタンの麻雀大会。これが連休のメインイベントである。朝10時頃に実家を出て梅田へ向かう。久しぶりに会う友人も多く、最近麻雀をほとんど打っていなかったので、大会が楽しみで仕方なかった。
 この麻雀大会は今回が4回目で、盆と正月の恒例行事として定着してきた。今回は欠席者が多かったが、それでも10人集まるあたりがウエスタンの恐ろしさである。
 さて、この大会は優勝すれば名人、最下位になったら銀行の称号が贈られるのだが、名人位を争うか銀行回避を狙うことになるかは、序盤の2〜3半荘で決まる。どうせなら名人レースに加わり、銀行争いは高みの見物といきたいところで、そのためにはスタートダッシュが肝心だ。
 幸いにして私は序盤戦から好調で、staysilver、three colors両氏と名人位を争う展開に。逆に、私の得点源となってくれたおなかぽんぽこ氏は、銀行レースを独走する羽目になった。
 中盤でレースが動く。three colors氏がα氏から国士無双を和了したのだ。これで名人レースが独走状態、銀行レースが混戦になる。しかし、α氏は次の半荘でトップを取り、銀行争いからは脱出した。
 最終半荘を迎えた時点で、トップは依然としてthree colors氏。2位がstaysilver氏、3位が私という状況だった。私が名人を奪取するのは事実上不可能だったが、なんとか場を盛り上げたいものだ。
 その思いが通じたのか、この半荘は絶好調で、良い手牌が次々と入る。一方、ツキがなかったのはstaysilver氏。それなりに手は入っていたようだが、毎局のように私の和了牌を掴まされた。結局、この半荘トップの私がラスだったstaysilver氏を交わして2位浮上。three colors氏は傍観しているだけで優勝決定となった。
 銀行位はおなかぽんぽこ氏。前半の3半荘連続最下位が大きかった。やはり、麻雀大会はスタートが重要なようだ。
 その後は飲み会。気心の知れたメンバーで、楽しい時間を過ごした。解散は午後8時過ぎ。優勝できなかったのは残念だが、準優勝は過去最高の成績だし、何よりウエスタンの仲間と楽しく麻雀を打てたのが良かった。次は年末になるだろうが、今度はthree colors氏から名人位を奪取したいものである。
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2008年07月09日

どうしたものか

「くっ」
 昼下がり、神田駅の指定券販売機の前で、私は思わずつぶやいた。目の前にあるモニターには、×が縦に3個並んでいる。
 この現実を目の当たりにしたことで、私は計画の変更を余儀なくされることになった。

 8月9日から数日、関西に帰る予定にしている。その手段であるが、資金に余裕がないため、夜行快速「ムーンライトながら」を利用するつもりであった。青春18きっぷで乗れるので、夜行バスなどを利用するよりも圧倒的に安い。
 そこで、8月8日の夜遅くに東京を発つ「ムーンライトながら」の座席指定を取らなければならず、その発売日は1ヶ月前の7月8日である。ゆえに、私は昼休みに神田駅に行ったのだ。
 ところが、冒頭で述べたように、既に席は全て埋まっていた。帰省のピークということで臨時便も運行されるのだが、そちらも満席になっていた。発売日の昼過ぎならなんとかなるだろうという私の判断が甘かった。

 では、私はどうすれば良かったのだろう。昼休みがダメとなると、出勤の際にJRの駅に寄っておかなければならなかったということだが、あいにく通勤経路には適当な駅がない。
 しかし、そこで時間のロスを気にしてはいけなかったのだ。出勤の途中に馬喰横山で降り、5分ほど歩いてJR馬喰町駅の窓口に行くしかなかった。往復の所要時間、手続きの時間、さらに先客がいることも考えると、少なくとも15〜20分は余裕を見ておく必要があるが、それはやむを得ないことだった。

 まあ済んだことは仕方ないとして、関西に帰るのに別の手段を考えなければならない。料金を考えると次善手は夜行バスだが、お盆前の金〜土曜なので、渋滞が怖い。1年前は夜行バスを利用したが、3時間も遅れた。後輩の某君が乗ったバスはもっと遅れたはずだ。9日の朝10時から予定を入れようと思っているので、これはさすがに危険だ。
 そうなると新幹線しか手段は残らないが、言うまでもなく金がかかる。また、使うとすれば9日の朝一番の便だろうが、そうなると早起きするのもきつい。まとまった休みをとる以上、仕事は先に片付けておかなければならないので、8日は徹夜明けになっている恐れもある。そんな状態でちゃんと起きる自信はない。

 今のところ、まだ結論は出ていない。夜行バスに空席があることは確認したものの(8月9日の新幹線の指定は7月9日から発売)、これもいつまで空いているかわからないので、早めに決断しなければならないのだが…。
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2008年06月09日

あの頃

 一軍戦が終わった。今季は入替戦で負けた。ものすごい大混戦だったが、2度の3-4が響いた。どちらかでも4-3になっていたら、1位昇級だったのだ。
 OBである私が敢えてこういう書き方をしたのは、今回の大混戦が、まるで自分達の学生時代のように思われたからである。あの頃も毎回混戦で、たいてい勝数勝負になっていた。
 当時を懐かしく思った私は、ある文章を思い出した。平成12年度の秋季一軍戦(悲願の昇級を果たす半年前)、私が率いていた神戸大は勝点4勝数21の成績を残したが、龍谷大(勝点4勝数22)、甲南大(勝点4勝数22)とのデッドヒートの結果、B級3位で入替戦にも進出できなかった。その直後に書いた文章の終盤は、以下のものである。

「お疲れさまでした。」
 佐野理事長が、オーダー表を提出した私に言った。お疲れさまか、そうだよな。おめでとうじゃない。俺達は負けたんだ。何人かの選手にも声をかけられた(私から愚痴をこぼしたこともあったが)。その度に同じことを思った。俺達は負けたんだ、昇級できなかったんだ。勝数1差の3位だから、誰かがもう1つ勝っていれば入替戦だった。それが龍谷大戦だったとしたら、勝点5の1位で昇級だった。「もし〜だったら」などと言っても仕方がないが、そのことは何度となく私の頭をよぎった。結果は結果として認めるしかない。しかし、認めるにしてはあまりにも差が小さかった。あと1歩、ほんのわずかだったから、余計に悔しかった。
 暇になった。1位だったら第2代表戦、2位だったら入替戦を指すことができたのに。この時間帯には秋季個人戦の抽選会も行われた。現役部員随一の強運を持つ田中君に幹事代理として抽選会に参加するよう指示していたのだが、対局がなければ部長も幹事も参加できる。控室で暇な時間を過ごすのも嫌なので抽選会に出ることにしたが、自分が抽選会会場にいることが悔しくてたまらなかった。私の入った19ブロックに実績のある選手が誰も来なかったのは嬉しかったが、一軍戦で昇級を逃した悔しさに比べれば些細なことだった。
 第2代表戦と入替戦の結果を見届け、私は会場を後にした。今度は神将のメンバーと一緒だった。南草津から六甲道までの道のりが非常に長く感じられた。会話をするのもつらかったが、黙っているのはもっと苦痛だった。主に河津さん、藤原さんと世間話をして過ごした。一軍戦や個人戦の話はほとんどしなかった。
 皆と分かれ1人帰宅する。自分が将棋部部長として頑張っていることが、とてもつまらないことのように思えた。昇級できなければこれまでの努力も意味がない。全てが徒労に終わってしまうような気がした。5年後、10年後の神将のあるべき姿について、私はそれなりのビジョンを持っている。しかし、それは自分たちの代で関西のA級に定着することが前提となっており、この前提が崩れればビジョンも崩壊する。私に残された一軍戦はあと2回しかなく、あと2回昇級を逃したとき、全ては徒労となる。それが怖かった。私にとっては非常に大きな恐怖だった。
 自分の運命について、真剣に考えた。自分の努力は報われないことになっているのか、そういう定めなのかと思った。神大は2年間ずっと昇級候補だった。だが、いつも勝負どころで誰かが負けた。いわゆる魔が差したような一手を指して敗れることも何度かあった。それは棋力もしくは精神力の不足によるところであろうが、もしかすると人知を超えた存在に操作されているのかもしれない。そうだとすれば、何をやっても無駄ではないか…。
 しかし、たとえ無駄だとしても、この戦いをやめるわけにはいかない。戦うしかないのだから、この程度でへこたれていられない。敗戦を運のせいとして片付けることは容易である。けれども、今のB級一軍戦、どの大学が昇級してもおかしくない状況下で勝ち残るためには、多少の運など力でねじ伏せるくらいの気概を持って取り組まなければならないのではないだろうか。
 神将は、まだまだ強くなれると思う。もっともっと強くなって、次こそは昇級を果たしたい。これまでの戦いを無駄にしないためにも。


 1人のOBのワガママではあるが、この文章を後輩達に贈りたい。
 次なる戦いに向けて、がんばれ神大将棋部。
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2008年05月19日

地下鉄での小さな悲劇

 午後10時過ぎ、休日出勤を終えた私は、いつものように小川町駅の階段を駆け下り、ホームに出た。明日からもずっと休みなしかと思うと、極めて憂鬱である。まあ、とりあえずさっさと帰ろう。
 ホームの案内表示が「調整中」になっている。夕方に人身事故が発生したらしく、ダイヤが乱れているらしい。では、次の電車はいつ頃来るのだろう。そう思っていたところへ、放送が入った。
「4番線に参ります本八幡行きは、只今新宿駅に到着いたしました」
 参った。まだ新宿ということは、小川町まで10分以上かかる。それだけ運転間隔が空いているとなると、混雑も相当なものだろう。ここは回避する一手か。
 そこで、隣の岩本町駅まで歩くことにする。少し回り道をすれば秋葉原を通れるので、そちらを経由したが、日曜の夜10時過ぎだから、特におもしろそうなものもない。まあ軽い運動をしたと思うことにしよう。
 岩本町での待ち時間は5分ほどで、無事に本八幡行きに乗車。ところが、次の馬喰横山で車両点検のため数分停車。その次の浜町で座席が空いて座れたものの、その次の森下で車内清掃と点検のためにまたも数分停車。清掃が入るということは、泥酔客が嘔吐でもしたのか。本当に今日はついてないな。さっさと帰って、残り少ない休日をエンジョイしたいのに。
 今度こそ、あとは帰るだけだろう。そう思ったが、私は甘かった。遅れが拡大することはなかったものの、予期せぬ敵に襲われたのである。
 浜町で座った私の右隣には、大学生風の男が座っていた。その男は熟睡していた。そして、私の右肩にもたれかかってきて、いっこうに離れないのである。
 女の子ならともかく、野郎にもたれかかられるというのは不快なものだ。心身ともに疲れている状況では尚更である。しかも、私はこのところ肩凝りが悪化していて、昼にマッサージ店に行ったばかりなのだ。肩に負担をかけられると、マッサージの効果が半減してしまう。
 肩および二の腕の負担はかなりのもので、私の体もいくらか左方向に傾いた。体勢が若干きつい。席を立とうかとも思ったが、せっかく確保した席を、重しを避けるためだけに捨てるのは悔しい。この男が降りるのを期待していたが、結局私が降りる船堀まで、重しが外れることは全くなかった。
 時計を見ると、11時を回ったところだった。普段17分で行けるところが、1時間もかかった。ただでさえ憂鬱なところを不運に襲われ、もっと憂鬱になってしまったのであった。
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2008年05月16日

ちょっとした喪失

 切れた。気付いてみたら、あっけなく切れていた。これを買ったときに抱いた将来への希望と根拠のない期待感を思い出し、少しせつなくなった。

 昼下がり、私は新入社員の某君と食事をとっていた。仕事のことを中心に、さまざまな話で盛り上がった。家庭や学校での環境もあって、自分よりも少し若い人が最も付き合いやすい。
 そろそろ店を出ようと席を立つ。テーブルの上に置いていた携帯電話を手に取り歩き出す。そこで私は違和感を覚えた。握った携帯電話の形状がいつもと違う。
 テーブルを見る。やはり落ちていた。正月に春日大社で買った縁結びのお守りが、ストラップから外れてしまっていた。

 縁結びのお守りは、一昨年あたりから母や祖母がくれるようになり、自分でも買うようになった。携帯のストラップのほか、部屋の鍵にも付いている。ご利益があるかはわからぬが、持っていたほうが気が楽なのである。
 それは、言い換えるとお守りを持っていないと心細いということでもある。お守りを持たず良縁にも恵まれないという結果になると、「お守りを持っておけばよかった」と後悔する可能性があるが、お守りを持っておけば、少なくともその種の後悔をすることはない。気休めに過ぎないのかもしれないが、たとえそうであっても意味のないものではない。
 ゆえに、常時携帯していたお守りが外れてしまったというのは、私にとってはちょっとショックなことなのである。今年こそはと思い1月3日に春日大社で買ってからまだ4ヶ月あまり。過去に使っていたストラップと比較してもあまりに短い寿命であった。

 そうは言っても済んだことは仕方ないので、またお守りを入手するしかない。とりあえず日曜までに、近場にあって縁結びにご利益のある神社をネットで探すことにしよう。
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2008年05月07日

ここ数日のこと Part1

 5月3日の昼前、東静岡駅で電車を降りた私は、駅前のロータリーで車に乗り込んだ。運転するのは静岡に住む我が末弟(21歳)である。帰省の途中に通るので、飯でも行こうというわけだ。
 車の中はがらんとしている。かわいらしいぬいぐるみや、女物の傘などはない。そもそも、せっかくのGWに兄貴などと会っているのが動かぬ証拠。兄弟4人、趣味も性格も異なるが、このあたりは平手の手合いである。
 しかし、大学2回生で免許を取得し、部活の遠征等でちゃんと車に乗っている彼は、家族の中で唯一の真人間であるとも言える。両親はともに免許すら持っておらず、弟のうち1人も同様だ。私ともう1人はペーパードライバーで、マトモに運転ができるのは彼だけなのである。
 そんなことを考えているうちに、ステレオから音楽が流れてきた。Mr.Childrenの「【es】 〜Theme of es〜」だ。次の曲は「花 -Mémento-Mori-」。相方が兄貴とはいえ、ドライブでこの選曲をする彼は、たとえ車の運転ができても、私と互角級の駄目人間と認定せざるを得ない。

 彼の通う大学の近くを通り、海岸沿いの広い道に出る。海を見ると興奮するのは、内陸部出身者の悲しい性だ。しかし、それを割り引いても景色は素晴らしかった。天気が良く、左後方には伊豆半島が見える。富士山が見えることも多いそうだが、残念ながら角度が合わず、この日見えていたかどうかはわからなかった。
 しばらく進んで左に折れ、大崩海岸を通過。海岸が断崖絶壁になっていて、海の上に道路が建設されている部分もある。景色は素晴らしいのだが、アップダウンが多く急カーブも点在していて、非常に見通しが悪い。対面通行で、対向車もけっこう来る。ドライバーの運動能力と反射神経は信頼していた(家族の中で私が飛び抜けて悪い)が、経験値と安定感は疑問なので、不安はあった。
 末弟はこの難所を無事クリアし、焼津の某所にて昼食をとる。有名な漁港なので、ここは海の幸を食べる一手だ。味は期待通り、値段もまずまずだった。
 食事を終えたのは午後1時過ぎ。次の約束に向けてのタイムリミットが迫ってきたので、焼津駅まで車で送ってもらい、そこから電車で浜松方面に向かう。寝不足だったので、感想など考えもせず、あっという間に眠ってしまった。
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2008年03月25日

よく眠った次の日

 昨夜は8時間ほど睡眠をとった。かなり悔しい出来事があり、そのことばかりが思い出され、起きているのが嫌だったので、さっさと寝ることにしたのだ。酒の協力もあってか、思いのほか早く眠りに落ち、そのままいつもの起床時刻まで寝ていた。
 普段の私の睡眠時間は、6時間半から7時間くらいである。もちろん日によって差はあるが、仕事の前夜に8時間睡眠をとることは滅多にない。帰りが遅いので、平日に8時間睡眠をとるのは困難だ。日曜も、時間がもったいなくなって、つい遅くなってしまうことが多い。結局、目をこすりつつ出勤することになってしまう。
 そういうわけで、珍しく睡眠充分の状態で出勤したのだが、これが意外に効果的だった。眠気がないわけではないのだが、普段よりはだいぶマシなのである。精神はともかく、体のほうは好調だという実感があった。この1時間ほどの差が、なかなか大きいようだ。

 さて、そうなると、普段の私は慢性的に寝不足だということになる。仕事中に眠くなるのが当たり前だったので、これまでは特に何も感じなかったのだが、やはり自分のベストの睡眠時間は8時間だ。改めてそれを実感した。
 改めて、という言葉を入れたのは、学生時代もそういう実感があったからだ。当時は午前0時までのアルバイトをしていて、バイトがあると帰宅1時で就寝が2時。1限(9時から)があると、睡眠時間は6時間ほどになる。これがけっこう辛く、その授業ではほとんど寝ていた記憶がある。2限からだと8時間は眠れるのだが。
 そうは言っても、毎日8時間眠るというのは物理的に不可能である。仕事が忙しくない時くらいはそれに近づけるようにしたい気もするが、それでも生活の大幅な改造が必要だ。ブログ、将棋倶楽部24、ネットサーフィンなど、犠牲になりそうなことはたくさんある。

 やはり、結論は現状維持ということになるだろう。しかし、休日であればある程度の融通は利くかもしれない。休日が少ないこともあって、休みになると外出してばかりだが、時には昼寝を楽しむのも良いだろう。
 平日はともかく、休日は時間の無駄が多い気がする。ここをちょっと改めることで、より豊かな生活ができるのではないか。問題は、次の休日に私がそれを意識しているかどうかだが…。
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2008年03月23日

開幕!

 金子、中山、近藤。
 この3つの姓を見てピンと来た方は、かなりの野球ファンではないかと思われる。この3人、実はオリックス・バファローズの開幕カードの先発投手だ。
 言うまでもなく、この3人の知名度は低い。しかし、実力も低いかというと、どうやらそうではないようだ。中山は打ち込まれたものの、金子と近藤は西武打線を1点に抑え、勝利投手になった。オリックスの開幕カード勝ち越しの、最大の功労者が彼らである。
 今季のオリックスは、打ちまくるしかないと思っていた。カブレラ、濱中、古木といった強打者を補強したものの、彼らは守備に不安があり、投手陣でも平野やデイビーが出遅れていたからだ。しかし、予想に反して、このカードで勝った2試合は、いずれも2-1というロースコアであった。
 私は試合結果と成績を見ただけだが、良い勝ち方であるということに異論はないだろう。今季のオリックスは、なかなか強いかもしれない。前年最下位のチームが強いとなると、パリーグは俄然盛り上がる。

 一方で、心配なのは楽天である。それなりの試合はしているのだが、2試合連続サヨナラ負けのスタートで開幕カード3連敗。抑えに抜擢したドミンゴは、2試合連続救援失敗という惨状だ。抑えを固定できないようでは、戦力差の小さい今のパリーグでは厳しい。最下位独走になる恐れもありそうだ。
 その楽天を相手に3連勝したのはソフトバンクだが、このチームの実力は万人が認めるところで、3位以内を外すことは考えづらい。あとは優勝できるか、日本シリーズに進出できるかというのが問題だ。真価が問われるのは8月以降であろう。
 日本ハムと西武は打線が低調だ。日本ハムはセギノール、西武は和田という主軸が抜けたが、それに見合う補強ができていない。日本ハムは3試合で4点しか取れておらず、西武は実績の乏しい投手に抑えられている。次カードでの巻き返しがなるか注目したい。

 最後に千葉ロッテだが、まずまずのスタートが切れたのではないかと思う。小林宏がアクシデントで降板したのは残念だが、成瀬と渡辺俊はきっちり仕事をした。先発投手陣は、今年も強力だ。
 問題はリリーフである。開幕戦では小宮山、本日は高木と、大ベテランが急所で登板したが、彼らは昨年まで、主に負け試合で登場する投手だった。さらなる進化が期待できる投手ではないだけに、これがリリーフ陣の質の低下を意味していることは間違いない。
 打線も、ここまで3試合で7点だから、けっして好調とはいえない。昨年不振だった福浦やズレータは、実力が衰えている可能性もある。オープン戦好調で、本日も適時打を放った大松あたりの活躍に期待したいところだ。

 まだ開幕したばかりだが、今年のパリーグは想像以上におもしろそうだ。仕事という制約はあるが、秋までの半年間、精一杯楽しみたいものである。
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2008年02月21日

調査

 仕事の合間に、ちょっと調べ物をした。なぜ明け方に足がつるのか。その理由を調べ、対策を練ろうと思ったのである。
 昨日のブログにも書いたが、足がつるのは月に1〜2回である。言うまでもなく、この激痛をそんなに味わうのは嫌だ。また、足がつると思わず声が出るし、のたうち回ることもある。今は誰にも迷惑をかけていないが、いつまでも1人で寝る生活を続けるつもりはない。そう考えると、この症状は早いうちに治さなければなるまい。
 調査の手段はとりあえずインターネットである。専門医のサイトや、Yahooなどの質問コーナーにいろいろと情報が載っている。直接効くわけではないので個々の情報の価値はそれほど高くないが、複数の情報を合わせていけばそれなりの信憑性になるだろう。

 いくつかのサイトを調べた結果、私にも当てはまるいくつかの原因が抽出された。まず運動不足。先週はデスクワークばかりで、暇もほとんどなかったから、いつも以上に運動不足だったはずだ。最近は体重の増加も気になっているし、運動をする時間をなんとか取るようにしなければ。
 また、マグネシウムやカリウムの不足も原因になるらしい。食品の成分についての知識はそぼ皆無なので、何を食べればよいのかは今後さらに調べなければならないが、とりあえず今の私の食生活では、必要量を摂取できていない可能性が高い。
 水分の不足も心当たりがある。職場はお茶やコーヒーを自由に飲めるようになっているが、忙しいと給湯室まで行くことすら面倒になったりもする。ちゃんと水分を補給できていないことも多いのだろう。

 そして、最も気になったのは、肝臓が弱っていると足がつりやすいという情報であった。多忙だった間は酒を控えていたのだが、一段落ついた日は1人で祝杯をあげた。その約7時間後に足がつったわけで、因果関係がないとは言い切れない。
 東京に来てから酒を飲むことが増え、足がつることも増えた。何月何日に酒を飲んだか、何月何日に足がつったか、そんなことはもちろん覚えていないが、ひょっとすると肝臓に負担がかかっているのかもしれない。飲酒量はそれほど多くないが、酒の弱さには自信がある。
 とりあえず、酒を飲んだ日と足がつった日は、手帳に何か印をつけることにしよう。飲酒日の翌朝に食らうことが続くようなら、禁酒も考えなければなるまい。飲酒自体は嫌いではないので、できればそれは回避したいが。

 今日のところは、水分をしっかりとって寝ることにする。足がつらないことを祈りつつ…。
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2008年02月20日

待望の休日

 久々の休日は、凄まじく痛い始まり方をした。明け方、体勢を変えようとしたら、左ふくらはぎに激痛が。寝ている間に足がつることは月に1〜2回あるが、貴重な休日に食らうとは運が悪い。
 経験によれば、この痛みはだいたい2日くらい続く。動かなければそれほど問題はないが、歩くと痛みが出る。階段はけっこうつらい。所用でちょっと遠出をしなければならないというのに、朝から気が滅入ってしまった。

 二度寝をした後、不動産屋に電話をかける。水道修理の依頼である。トイレの水が止まらない状態が続いていたのだが、仕事が忙しく、それ以上に心の余裕がなかったため、放置していたのだ。しかし、休みがとれた以上、ここで解決させておかなければ。先送りにすると、また忙しくなり心の余裕もなくなってしまう。
 業者は13時半に来るとのことだったので、それまでは部屋の掃除である。足の踏み場すらほとんどなく、作業着のおっちゃん1人を入れるのも憚られる状態だから、まずはそれを解消しなければ。
 13時半から逆算し、適度に(適度ではないという説もあるが)休憩を挟みつつ作業を進める。しかし、私の思惑通りに事は運ばなかった。13時15分頃、ユニットバスの床を拭いていたら、インターホンが鳴った。結局、応急処置だけ済ませて入ってもらう。
 作業自体は問題なく終わり、トイレは正常な状態に戻った。なぜかタンクにペットボトルが入っていた。もちろん身に覚えはない。前に住んでいた人が入れたのだろうが、それにしても入れる意味がわからない。

 さて、いよいよ本日のメインイベント、熊谷下見ツアーである。24日にウエスタンのイベントを熊谷市中央公民館で行うのだが、公民館を使用するには現地で利用登録をする必要があるとのことだったので、この機会に行っておかなければならない。
 都営新宿線で岩本町に出て、そこから歩いて秋葉原へ。ここまでは珍しくないが、京浜東北線の大宮方面行きに乗ると、非日常という感じがしてくる。
 赤羽で高崎線に乗り換え、熊谷へ向かう。ほとんど行ったことのない(通るとしても早朝か深夜)区間なのだが、そんなことは全く気にならず、席が空いたらあっという間に眠ってしまった。
 駅から公民館まで、15分ほど歩く。街自体は大きいのだが、平日の夕方ということもあってか、なんとなく淋しげだ。この時間帯だから高校生はけっこういそうなものだが、それほど印象に残っていない。
 手続きは問題なく終わり、20人収容の和室を無事確保。ここでイベントをするのだと思うとわくわくする。日曜が非常に楽しみだ。
 続いてはイベント前の食事会の場所探しである。公民館のすぐ近くにデパートがあるので、ここのレストラン街にしようと思っていたが、なぜかこの日は17時閉店で、ぎりぎりタッチアウトであった。
 下見ができなかったので、駅に戻ってネットカフェで調査。候補は3店とやや少ないが、まあ問題はないだろう。予約しておいたほうが無難なので、事前に店に電話することにしよう。
 帰りは大宮で降り(乗車券を分割した方が90円安い)、夕食をとることにする。天下一品があったので、久々にこってりラーメンを味わう。チェーン店だが私の生活範囲にはないので、いつもと違う気分も一緒に味わえた。

 早朝に足を痛めた上に、しなければならないことをこなすだけで日が暮れてしまったが、それでも非日常を楽しむことはできた。今週末にはもっと大きな非日常が待っているので、それも存分に楽しみたいものだ。
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2008年02月06日

PASMOゆえの失敗

 午前0時を少し回った頃、私はいつものように小川町駅の構内を歩いていた。終電は0時11分発だから、少し余裕がある。走らなくて済むのはありがたい。
 財布からPASMO定期券を取り出し、改札を通る。従来の定期券よりも、スピードはだいぶ上がった。便利な世の中になったものだ。
 PASMOを財布にしまう際に、カードの残額が目に入った。残りは430円ほど。あまり余裕はないな。機会があればチャージしておこう。
 ここで私は重大な事実に気付いた。残額は600円あまりあったはずだ。この数日、定期区間以外では全く利用していないはずなのに。
 私はPASMOに目をやった。中央あたりに「-2.-4」という大きな字がある。続いて携帯電話を見る。日付は2月6日だった。0時を過ぎたばかりだから、鉄道のダイヤ上は5日だ。
 要するに、定期券の有効期限を過ぎていて、買い足すのを忘れていたのである。引き落とされた分の交通費は会社に申請すればもらえるのだが、それも面倒な話だ。大いにとは言わぬが、多少は情けない思いをした。

 定期が切れたことになかなか気付かなかった理由、それは言うまでもなくPASMOを使用していたからである。従来の定期券であれば、期限が切れたら自動改札を通らないので、嫌でも気付かされる。
 すなわち、パスモでなかったら朝の時点で気付いていたはずなのだ。では、そこで私はどうしただろうか。出勤時はプリペイドカードを使用したのではないか。毎日ギリギリの時間に出社しているから、定期を買うと遅刻だ。
 では帰りはどうか。今回のように時間にわずかでも余裕があれば、定期を買っただろう。しかし、それは片道分の交通費の丸損だ。朝の出勤前に買ったとしても、帰る前に買ったとしても、有効期限は同じなのだから。朝買うにこしたことはない。
 まあ、いずれにしても私の手元に残る金は変わらないわけだし、PASMOで良かったと思うべきだろう。そもそも、プリペイドカードを利用するにしても、持ち替える時間のロスのせいで乗り遅れることも考えられるのだ。

 なお、2月6日からの定期券は、船堀到着直後に購入した。1晩休むとまた忘れてしまう自信があるからである。
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2008年01月28日

銭湯へ

 さきほど、近所の銭湯に行ってきた。アパートからの移動時間は約1分。まさに目と鼻の先である。
 船堀は銭湯が多い。西北西に6〜7分ほど歩いたところと、東南東に6〜7分ほど歩いたところにもある。定休日はそれぞれ違うのが嬉しい。また、駅の近くには健康ランドもある(私は行ったことがないが)。理由はわからぬが、そういう土地柄なのだろう。
 行きつけの「あけぼの湯」は、江戸時代から営んでいるという老舗で、加温しているとはいえ、れっきとした天然温泉である。設備は古いが、多彩な風呂と天然温泉は魅力的だ。

 日曜の午後11時過ぎから銭湯に行くのは、上京してすぐ習慣になった。1週間の疲れを癒やし、新しい1週間のために英気を養う。手軽にそれができる場所として、銭湯はうってつけだった。
 ところが、いつの間にか行く頻度が下がってきた。寒くて面倒だからか、料金(430円)がもったいないからか。とにかく、最近は月に1〜2回しか行っていない。
 今回行ったのは、疲れが溜まっているという実感があったのが第1の理由である。しかし、理由はそれだけではない。体重が非常に気になっていたのである。

 実は、このところ食欲が旺盛で困っている。3度の食事はもちろんのこと、間食もしっかりとっている。ストレス、寒さ、歯の治療が終わったことなど、いろいろ理由は考えられるが、とにかく自分でも驚くほど食べている。
 そんな状況だから、体重が増えないはずがない。問題はどのくらい増えているかだ。自己ワーストを更新しているようだとまずい。見た目もさることながら、健康への影響も懸念されるところだ。
 そういうわけで、なるべく早く体重を量っておきたかったのである。実際に数値を見ることによって、現実を把握して対策を立てることができる。

 さて、ゆったり湯に浸かった後、体を拭いて体重計へ。目盛りは一瞬のうちに半回転し、さらに少し進んで止まる。さあ、今の体重はどのくらいだろう?
 目盛りを見る。理想の体重よりは5kgほど重いが、自己ワーストまではまだ1kgあまりの余裕があった。喜べるような数値ではないのだが、それでも安堵感を覚えた。それだけ体重の増加を危惧していたのだ。

 しかし、まだ油断はならない。あと2週間くらいはストレスの溜まる状態が続きそうなので、まだ暴食は収まりそうにない。
 下手に抑制すると余計にストレスが溜まりそうなので、今のところは「まあ気をつける」くらいの対策に留めるつもりだが、それでも銭湯には週1回は行くようにしたい。数週間体重を量らなかったら、恐ろしいことになりそうだから…。
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2008年01月23日

乗り過ごし

 この文章は、急遽差し替えたものである。他の題材で書き進めていたのだが、それはいつでも使えるネタであり、新たなネタを作ってしまったからには、差し替える以外あるまい。

 いつものように松屋神田小川町店で夕食を済ませた私は、終電の1本前の電車に乗った。場所は前から6両目の真ん中あたり。時間がギリギリだったので、階段のすぐ近くの車両に乗るしかなかった。
 私は携帯電話を取り出した。最近ブログを更新していないし、何か文章を作ろう。しかし、考えてみれば今日はほぼ仕事しかしていない。そうなると最近思っていることを何かまとめなければならないわけだが、何かあったかなぁ。
 数分後、1つネタを思いついた。これならブログ1本分の内容になりそうだ。私は文章を書き進めた。なかなか順調に進み、「どうせ更新は帰宅後なのだから少し置いておくか」などと思うこともなかった。
 ある駅に着いた。出口が左側、相対式ホームの地下駅。住吉だ。船堀まであと4駅、所要時間は8分ほど。もう少しブログを進められる。そう判断した私は再び携帯電話のモニターを覗き込んだ。

 次に窓の外を見た時、電車はある駅を出るところだった。出口が左側、相対式ホームの地上駅。東大島か船堀だ。そこでヤバイと気付いたが、時既に遅し。動き始めた電車の窓から、「船堀」という駅名票が目に入った。
 さあどうしよう。とりあえず次の一之江で降りるしかないが、反対方向の電車はあるのか。なかったら歩くしかない。徒歩だと30分近くかかるが、タクシーを使うのはもったいない。船堀−一之江間の運賃170円も取られるし。まあ、これをブログのネタにするとして、文章を打ちながらトボトボ歩くか。
 そんなことを思っているうちに一之江に到着。反対方向の乗り場には、わずかではあるが待ち客がいた。助かった。大島行きの終電が残っていた。
 5分後、東京とは思えないガラガラの電車が入ってきた。待避線のある大島まで行くのが目的のような便だが、私にとってはまさに救いだった。

 こうして無事に帰宅できたわけだが、考えてみれば、この失敗にははっきりした理由があった。問題は、前から6両目に乗っていたことである。
 船堀駅で降りるのに最も便利なのは3両目、次が5両目だ。この時間帯は毎日乗っている通勤客がほとんどなので、3両目や5両目は船堀で降りる客の割合が高い。ゆえに、このあたりの車両に乗っていれば、何かに集中していても船堀に着いたことはわかる。降車客の動きにどうしても巻き込まれるのだ。
 ところが、今回乗っていた6両目は、船堀での客の動きがほとんどなかった。だから集中が途切れなかったのだ。

 いつもは3両目に乗っている。小川町駅で30秒でも時間があれば、3両目の乗車位置まで移動している。10秒あれば、5両目には行くようにしている。
 理由は簡単で、降りるときに便利だからである。だが、その理由とは別に、この習慣には大きな効果があったことに気付かされた。1つの決まったパターンが、乗り過ごしを防いでいたのだ。
 同じ車両に乗っている客のうち、半分ほどは船堀で降りる。だから、船堀に着いたことが容易にわかる。これが、いつの間にか体に染み付いていた。そのため、車内に動きがほとんどなかった場合、船堀に着いたことに気付かないのだ。

 幸いにして、今回の授業料はタダで、時間のロスも10分ほどで済んだ。終電でこれをやらかしたら大変なことだったから、そうならなかっただけでも良しとしなければ。
 自分の世界に入り込まないというのは無理そう(通勤電車は貴重な空想タイムでもある)なので、その前に一工夫して、必ず3両目か5両目に乗るようにするのが正解のようである。
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2008年01月15日

成人の日の出来事

 昼下がり、私は船堀駅構内のベーカリーカフェに入った。目的は少し遅い昼食であり、非常に遅い朝食であり、かなり遅いブランチである。
 パンの値段はそれほど安くないのだが、駅の構内という立地が素晴らしいので、月に1〜2回くらい利用している。休日にしか入らないことを考えると(平日の朝は入る余裕などない)、使用頻度はかなり高い。
 この店の利用者は女性が圧倒的に多い。休日の昼下がりだと、客の大半はおばちゃんである。ところが、今回はちょっと様子が違った。着物姿のねーちゃんがいるのである。
 1人目を見た時には「珍しいな」くらいにしか思わなかったが、店内をよく見渡すと、着物姿は1人や2人ではない。ここでようやく気付いた。成人の日だ。

 毎年、成人の日は振り袖を見るまで気付かない。祝日だという認識はある(そうでないと朝から仕事に行っているはずだ)のだが、成人の日だということは全く意識していないようだ。自分が成人式に参加しなかった(当時、住民票を神戸に移していて、知人が全くいなかったため)
 そうかそうか、成人式があるのか。意味もなく納得しているうちに、ショッキングな事実に気付いた。
「こいつら○○○(末弟の通称)と一緒やん」
 私の末弟は昨年5月に20歳になった。すなわち、今年成人式に参加するのは、彼と同学年(少なくとも義務教育の間は)の人々である。ということは、この子達は私より8歳も若いのか…。
 8歳下というと、私が成人した年にはまだ小学生である。自分が20歳の時から、それだけの年月が経ったということだ。自分もずいぶん年を取ったものだ。そう思うとちょっと憂鬱になる。

 さて、パンをトレイに取り、レジで注文したコーヒーと合わせて受け取る。さあ食べるぞと周囲を見回したが、なんと空席がない。誰もいない席はいくつかあるのだが、全て鞄が置かれている。
「おいおい、あいつらかよー」
 レジに並んでいる振袖組を見てそう思ったのだが、どうも人数と鞄の数が合わない。そう思っていたら、パンの乗ったトレーを持ったおばちゃん軍団がやって来て、オロオロしている私の横を通り過ぎ、鞄を取って席に座っていった。
 混雑を察知した心優しい人が席を立ってくれたため、私もなんとか座って食べることができた。しかし、どうも不愉快でならなかった。若い者のマナーが良いとは思わないが(実際、新成人も先行席取りをしていた)、おばちゃんもたいがいである。
 彼女達にとっては当然のことなのかもしれないが、席に鞄を置いておくというのが当然だとすると、私のように1人で入る客はどうなるのか。鞄から目を離さないというのは無理がある。

 1分ほどオロオロしていたこともあって、乗る予定の電車の発車時刻が迫ってきていた。ゆっくりパンを味わうこともできず、私はさっさと食事を済ませて改札へ向かった。
posted by せた at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

停止

 午前0時、いつもの道を、私はトボトボと歩いていた。駅からアパートまでは約400mで、途中に200mほどの長い直線がある。左右に多彩な集合住宅が並ぶその直線を、私は多少うつむき加減で歩いていた。
 突き当たりを左に曲がると、アパートはもうすぐだ。しかし、この交差点はどうも不利感がある。右手はトヨタの販売点で見通しが良く、左手は高層マンションで見通しが悪い。実際はほぼ90度なのだが、それよりも角度が小さい、すなわち大回りをさせられているように見えるのである。
 そんなことを思っているうちに、その交差点が近付いてきた。車は来ていないので、右側から左側、すなわちトヨタ販売店から高層マンションの方へ斜め横断をする。これはいつものことだ。ところが、その日常は一瞬にして非日常に変わった。

 交差点に差し掛かったところで、左側至近距離から何かが迫ってきていることに気付いた。それが自転車だとわかった時、私はちょうどその自転車の進路上にいた。
(あっ!!)
 思わず叫ぶはずが、声が出なかった。足を動かさねばと思ったが、全く動かなかった。腕を動かし、衝撃を和らげようとするのが精一杯だった。
 ブレーキ音が耳に響いた。スピードを落とした自転車の前面のカゴが、腕とわずかながら接触した。衝撃はほとんどなかった。助かった。
「すいません、ごめんなさい」
 自転車に乗っていたのは30代くらいの女性だった。急ブレーキをかけたはずだが、どうやら無事のようだ。ただ、やはり少なからず動揺しているのは間違いない。
「あー大丈夫です。すんません」
「ほんとすいません」
 女性は再び自転車に乗り、交差点を直進して暗闇の中に消えた。

 しばらくの間、この出来事は頭から離れなかった。私は左側を歩いていて、先方は右側を自転車で走っていた。双方とも悪いといえば悪い。しかし、こうして出会い頭でぶつかることは、私が右側で先方が左側だったとしても起こりうる。道路というのは危険があちこちに潜んでいるものだ。
 油断していた自分が情けないという気持ちもあった。しかし、それよりも気になったのは、あの時なぜ足が動かなかったかということだった。全く時間がなかったわけではない。1歩後退するくらいのことはできたはずだ。それなのになぜ、自転車を回避できなかったのか。
 おそらく、私はパニックになっていたのだろう。避けねばと頭では思っていても、その命令が足に伝わらない。将棋の終盤で読んでいない手を指された時、数秒から十数秒ほど思考が停止することがあるが、原理としてはそれと似たようなものではないか。
 パニックになったのはなぜか。それは自転車が来ることを全く想定していなかったからだろう。結局、油断していた私が悪いと言える(先方も油断していただろうが)。

 思わず止まってしまうというのは、非常に危険なことだ。相手が自転車だったから助かったが、車やバイクだったら恐ろしいことになる。交通事故をはじめとする不慮の事故の中には、被害者が止まってしまったために起こったものも多くあるのではないだろうか。
 ボーっと物思いに耽る時間が長い私だけに、再発の恐れは大いにある。そうなった場合、今回のように無事で済むとは限らない。
 道路とは危険な場所である。そのことを頭に入れて、それなりの注意を払いながら歩くようにしなければ。せっかく怖い思いをしたのだから、反省を今後に生かしたいものである。
posted by せた at 02:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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