2009年02月03日

信州小旅行・前編

 出発は昼。久々の休日ということもあっていろいろとすることがあり、すっかり遅くなってしまった。地下鉄の車内で時刻表を取り出し、大まかな行程を確認する。今回は青春18使用だが、とりあえずこの日のうちに長野までは行けるようだ。
 寒い時期の豪雪地帯ということで、近年の旅行にしては移動時間が長く、途中下車を少なくした。その代わり、車窓の風景を楽しもうという狙いである。数ヶ月前に読んだ『日本の鉄道絶景100選』という本で選ばれている絶景が、今回のルートには4ヶ所ある。他の区間も自然の豊かなところが多いから、退屈はしないだろう。
 錦糸町から総武線に乗り、御茶ノ水で中央線特別快速に乗り換えて高尾へ。ここで甲府行に乗り換えると、いきなり景色が変わった。左右に山が迫ってきて、関東平野を出ていくことを実感する。いよいよ非日常の世界だ。
 所々に雪が残っている山岳地帯を越えて甲府盆地へ。弧を描くようにして盆地に入っていく勝沼ぶどう郷−塩山間が、先の本で採り上げられていた絶景だ。左手には甲府盆地が一望でき、その向こうには南アルプスの山並みが見える。期待に違わぬ風景だった。
 盆地に入ってしまうと平凡な景色になり、しばらくして甲府に到着。ここでは20分ほど待ち時間があり、駅前にある武田信玄の銅像を撮ったり、駅ビルの本屋を冷やかしたりして過ごした後、小淵沢行に乗り込んだ。
 甲府の3駅先の韮崎から小淵沢を経て富士見までの区間も、例の本で採り上げられていた絶景区間だ。既に午後4時を回り、日はずいぶん西に傾いたが、まだ景色は見える。既に冬至から3週間が経ち、多少は日が長くなった気がした。
 日野春という駅で特急退避のため8分ほど停車。暇だし景色も良さそうなので外に出る。駅舎のすぐ前が谷になっていて、斜面から反対側の山並みを撮った。民家の飼い犬に吠えられるというハプニングはあったが、乗り遅れることもなく無事に駅に戻った。DSCN0445.JPG
 韮崎のあたりは右に盆地、左に山並みという景色だったのだが、しだいに両側とも山が迫ってきて、小淵沢に到着。ここでの連絡時間は13分。やはり外に出て、町や山をカメラに収めた。最近は10分程度の待ち時間なら駅でおとなしくしていることが多かったのだが、どうもこの日はそんな気分ではなかった。多少は運動にもなるし、悪いことではないだろう。
 この13分の間に空はすっかり暗くなり、発車後は特に何をするでもなく過ごす。車内はガラガラだが、少し離れたところに陣取っていた地元のおっちゃん軍団の話がうるさく、眠るような状況ではない。3連単がどうこうなどと言っているので少し気になったが、詳しい内容はわからずじまいだった。
 午後6時頃、上諏訪で途中下車。目的は温泉である。周辺地図で共同浴場「片倉館」の場所を確認し、人気のほとんどない道を歩く。所々に雪が残っているが、歩行に支障が出るほどではなかった。
 10分ほど歩いてたどり着いた片倉館は、かなりの歴史を持つ洋風建築である。隣にも風格のある洋館があり、こちらは美術館なのだが、残念ながら開館時間外だ。建物の手前の庭にはイルミネーションが飾られている。こういうのは不要だと私は思うのだが。DSCN0467.JPG
 片倉館の料金は500円だが、脱衣所のロッカーに50円かかるので、実質550円だった。50円とはいえ、損をした気がしなくもない。肝心の湯は、やや熱めで体がよく温まる。底に小石が敷かれた深い(1mくらいはあった)湯船も個性的でおもしろい。
 片倉館を出た後、少し歩いて諏訪湖へ。湖と対岸の夜景をしばし眺め、写真を数枚撮る。湖はほぼ真っ暗で対岸も小さな街なので、何を撮ったのかよくわからなかったが。時間が少しあったので、この日の宿の予約を取っておいた。長野駅から徒歩15分、素泊まり3500円のホテルに決定。
 駅に戻り、ビールとつまみを買って松本行に乗車。車内はガラガラで、のんびりとビールを飲みつつ、翌日の行程を考える。50分ほどで松本に到着。
 松本から乗った快速長野行きは、なんと特急用の車両を使用していた。これは思いがけぬ幸運だ。席をリクライニングさせてくつろいでいるうちに睡魔に襲われ、ほどなく眠りについた。
 この列車で通る冠着〜姨捨の区間も有名な絶景区間で(日本三大車窓の1つとされている)、例の本でも採り上げられている。前述のように私は眠っていたのだが、このあたりで景色を説明する車内放送が入り、目を開けて夜景を眺めた記憶は残っている。夜でも、車窓から見下ろす善光寺平は確かに絶景であった。
 松本から1時間ほどで長野に到着。ホテルは市街地とは反対方向で、人の少ない通りを15分ほど歩いた。ホテルの近くに飲食店がほとんどなく、チェックイン後にフロントで聞いたら「近くだとバーミヤンがという中華レストランがあります」とのこと。駅まで戻るのは面倒なので、夕食はバーミヤンで済ませたが、長野ならではの店に入れなかったはちょっと心残りである。
posted by せた at 01:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

相掛かり

 将棋倶楽部24を利用したリーグ戦「じょんいる杯」の本戦が終わった。対局自体はまだ残っているのだが、私はさっさと全局消化したので、もう終わった気分である。
 今回は、久々に自分の持ち味が発揮できたシリーズだった。予選は逆転勝ちの連続で7勝2敗。本戦は3勝4敗に終わったが、まあ相手関係を考えると悪い成績ではない。

 さて、今回の本戦では珍しいことが起こった。7局中3局が相掛かり、しかも全て引き飛車棒銀だったのだ。これだけ相掛かりを頻繁に指したという記憶は全くない。ちなみに結果は先手番の2局が勝ち、後手番の1局が負けだった。
 相掛かりというのは高校時代好きな戦形だったのだが、大学に入ってからほとんど指さなくなった。受けてくれる相手はほとんどおらず、居飛車党だと当時大の苦手だった矢倉にされてしまうからだ。卒業後に引き飛車棒銀がプロ棋界で流行したが、自分が指すことはなかった。
 ところが、最近になって考え方が変わってきた。矢倉への苦手意識が小さくなり(払拭されたわけではない)、それよりも2手目△3二飛などの力戦振り飛車の方が嫌に思うようになったのだ。そうなると、初手を▲2六歩とするのも有力だ。
 では、なぜ引き飛車棒銀を指したかというと、今期の本戦の開幕戦で某氏に指され、完敗を喫したからである。ネットリーグならではの気楽さで受けて立ったのだが、その結果先手側も持ってみようと思ったわけだ。
 そして先手を持って2戦2勝。この戦法の優秀性を認識した…と言いたいところだが、どうもそんな感じではない。知識があまりないこともあって、駒組みが長いと作戦負けになってしまうのだ。序盤の駒組み合戦が延々と続くのは、私の苦手とする展開なのである。
 それでも、相掛かりというのは指していておもしろい(横歩取りほどではないが)。24だと気軽に指せるし、しばらくは初手▲2六歩でいこうかと思っている。
posted by せた at 01:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月19日

反省と今後

 早々と挫折の気配である。今年はブログを頻繁に更新しようと思っていたはずなのに、2週間も更新が途絶えてしまった。
 書く時間がなかったわけではない。5日から9日にかけては仕事に忙殺されたが、それ以降は比較的余裕があったはずだ。その後の連休には旅行にも出かけているから、書くことがないわけでもない。
 要するに、私の怠け癖が出てしまったのである。安定感とかコンスタントとかいう言葉とはまるで縁がない私だけに、毎日コツコツというのは幼少時から苦手だ。
 しかし、やはりブログをやっている以上は何か書いた方がいい。物事をサボることはしょっちゅうあるが、それは後で自己嫌悪を招く恐れがある。結局、楽をしたようで実は精神衛生上良くないのである。
 では、仕事中心の毎日の中で書けることはあるか。以前にも書いたように、やはり書きたくないことが多い。そうなると、先週の旅行の話を引っ張り出してくるのが簡単でいいだろう。
 私は一人旅がほとんどで、マイナーなところを中心に回ることが多いので、旅行記は一般受けするものではないと思う。しかし、それは他の趣味についても同じことだ。旅行記を書かない理由にはならない。
 また、旅の記録を残しておくことは、後で思い出すのにも便利だ。ある場所に行った記憶はあっても、それがいつのことだったかは時間が経てば忘れてしまう。詳しい行程も同様だ。ゆえに、旅行記を書くことは、記憶を整理するのにも役立つのである。
 そういうわけで、遅ればせながら簡単に旅行記をまとめてみようと思う。朝と夜の通勤電車の時間を割けば、まあ数日でそれなりにまとまるだろう。
 ちなみに、ウエスタンや神将の機関誌の原稿も残っているのだが、それは大した問題ではあるまい。どうせすぐに筆が進まなくなるのだから、その時は別の原稿に移ればいいのだ。
 物を書くのは嫌いではないし、せっかくツールがあるのだから、それを存分に生かしていきたいと思う。
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2009年01月04日

箱根

 新春と言えば箱根である。物心ついた頃から、家族で見るのが習慣になっていた。近年は用事が入ることも増えたが、それでもできる限りテレビ観戦するようにしている。

 今年は、職場で箱根駅伝を見た。いわゆる休日出勤だが、人が少なく、テレビを見るのが憚られるような状況ではない。テレビの前の大机に陣取り、パソコンを使わない作業を進めつつ、ときおりテレビに目をやる。10時半頃から約4時間、私はそれを続けた。
 毎年私が応援しているのは、関東学連選抜チームだ。自分も選抜チームの一員として西日本大会に出たことがあるため、親近感が湧くのである。このように大舞台に出られない大学の選手が日の目を見るのは、非常に良いことだと思う。
 その選抜チームだが、今年は9位という成績だった。昨年の4位には及ばなかったものの、見事にシード圏内に入った。これでシード校が1つ減り、予選会からの出場枠が1つ増える。選抜の選手達は、自大学の仲間によい報告ができるだろう。

 残念だったのは、今年も棄権校が出たことだ。城西大学の8区の選手が故障し、無念のリタイアとなってしまった。これが駅伝の恐ろしいところで、1人でもダウンしてしまうと、チーム全体が棄権扱いとなってしまう。将棋の団体戦はもちろんのこと、野球やサッカーにしても、1人の故障発生で即終了ということはない。
 ただ、立派だったのは、記録が残らないにもかかわらず、城西大の9区10区の選手が好記録を残したことだ。特に、9区を走った伊藤主将は、区間賞の選手のタイムを上回る好タイムだった。棄権したチームなので区間賞にはならないが、それ以上の価値のある快走だったと思う。
 今年の9区には、区間賞が2人いた。今そう思っている人は、全国各地にたくさんいるだろう。しかし、数年経ってそれを覚えている人は、いったい何人いるだろうか。おそらく、私を含めほとんどの人が、すっかり忘れてしまうだろう。
 公式記録と参考記録の差は、そこにある。公式記録はインターネットなどで調べれば出てくるが、参考記録は出てこない。
 主将は、それを知りつつ全力で走った。チームのために、自分自身のために。そして結果を出した。本当に素晴らしいことだと思う。
 そんな主将が率いた城西大が、悪いチームであるはずがない。今回は残念な結果だったが、残された後輩は捲土重来をめざすことだろう。今後の戦いぶりに注目したい。
posted by せた at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

夢飛行

 ドリームフライトという競走馬がいる。つい2週間ほど前までは1000万下にいたが、年末の連闘連勝で一気にオープンまで駆け上がった、いわゆる上り馬である。
 この馬の名前を初めて知ったのは、昨年春の阪神大賞典に格上挑戦した時だった。さすがに一線級とは力の差があったが、マイペースの逃げからよく粘った。
 レースぶりもさることながら、「夢」+「飛行」という馬名が気に入った。また、主戦が西田という無名騎手であることも惹かれた。何をするにも、私はマイナーなものが好きなのだ(馬券をどうするかとは別の話だが)。

 年末から年明けにかけて、私はブログのタイトルをどうしようかと考えていた。前のタイトル「SETAWORLD2008」は、2008年の間しか使えない。そして、2008を2009に変えるだけというのも芸がない。ではどうしたものか。
 そんな時、ふと浮かんだのがドリームフライトという言葉だった。連勝中の勢いにあやかるのもいいだろうと思い、この馬の名前を頂戴することに決めた。

 新たにスタートしたこのブログに、嬉しかったこと、楽しかったことをたくさん書きたい。そして、このブログの次のタイトルを考える頃には、心の底から良い年だったと思っていたいものである。
posted by せた at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月29日

来年こそは

 王座戦が終わり、会社の忘年会が終わり、そして有馬記念も終わった。いよいよ今年も終わろうとしている。

 年を取るほど月日が経つのが早く感じられるというが、今年の私にはそういう感覚はなかった。今年もやはり長かったというのが、正直な感想である。
 長いというのは、いろいろなことがあったということ。思うようにいかないことが、いろいろあったということ。ストレスが溜まり、それをなかなか消化できないでいる自分が、この1年はずっといた。
 充実した時間がなかったわけではない。仕事などの制約の中でも、それなりに趣味を楽しんできた。一時的に癒やされること、心が洗われることはあった。しかし、それは私の生活そのものを変えるには至らなかった。根底に流れる憂鬱は、どうすることもできなかった。
 最大の問題は、明るい未来が見えてこないということだ。このままではダメだと思い、今年はそれなりにあがいてみたが、結果は出なかった。ゆえに、今年も冴えないまま終わったという印象が強いのだ。

 そういえば、今年はブログの更新もあまりできなかった。前のブログと合わせて3年ほどやっているが、これほど更新頻度が下がったことはなかった(オフラインだった時期を除く)。
 忙しい時期が多かったし、私のサボり癖も理由の1つだろう。しかし、それでも書きたいことがあれば書くはずだ。1時間くらいなら、なんとか捻出できるのだから。
 ゆえに、来年はまず、楽しいことを次々として、書けることを増やしたい。そして、頻繁にブログを更新していきたい。小さな楽しみでもいい。短い文章でもいい。良い話題を文章にすることによって、心も明るくできるのではないか。
 来年こそは良い1年にできるように、小さなことからでも日常を変えていければと思う。
posted by せた at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月24日

ヒトカラ

 禁断の(と某君がブログで書いていた)ヒトカラなるものに行ってきた。祝日の夜10時前に入店し、1時間ほど1人で淋しく歌ってきた。

「今から1人っていけますか?」
「大丈夫ですよー」
 店員は平然としている。特に珍しいことでもないようだ。そこへ、大学生くらいの酔っ払いの集団が精算にやってくる。他にいるのは店員1人と私だけ。いきなり孤独感を覚えた。
 彼らが割り勘に手間取っている間に私は手続きを済ませ、部屋に入った。とりあえず飲み物の注文と曲の選択をしなければならない。仲間がいれば手分けしてやるところだが、1人でやるとちょっと面倒だ。次の曲を入れるのにも手間取るし、時間の無駄は多い気がした。
 途中から採点システムを作動させてみる。1人ということで、人前で歌ったことのない曲をいろいろ歌ったのだが、それらが使えるかどうかの判断基準として、採点システムは役立つだろう。
 採点を始めた1曲目で、いきなりこの機械のハイスコアを更新。もっとも、このハイスコアがどのようなものなのかわからない(ほとんど誰も使っていなかった可能性もある)ので、素直には喜べないが。まあ、感触が悪かった曲は点数も悪かったので、参考資料としては全くの無意味ではないだろう。

 1時間で退出。もう喉は限界に近かった。1人でぶっ通しというのは、けっこう消耗する。体力もかなり奪われたし、延長しようという気はまったく起こらなかった。
 歌いたかった曲はそれなりに歌えたが、試してみたい曲はまだたくさんある。大して金もかからないし、数週間から1ヶ月に1回くらいは、1人カラオケに行くのも良さそうだ。
 問題点を強いて挙げるとすれば、部屋の前を通りがかかった店員や他の客が、中をちらっと見ていくことだ。自意識が強いもので、「こいつ1人かよー」というような目で見られているような気がしてならないのだが…。
posted by せた at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月19日

渡良瀬の上流にて

「お茶どうぞ。今日は寒いでしょ」
 黒保根歴史民俗資料館の第1展示室を出た私に、予期せぬもてなしが待っていた。茶を出してくれたのは館員の女性で、いかにも田舎のおばちゃんという雰囲気だった。
 私が来ていたのは群馬県の桐生市(旧黒保根村)。わたらせ渓谷鐡道の水沼という駅で途中下車していた。ここで降りた目的は、駅に併設されている温泉に入るためだったが、次の列車まで1時間40分ほどあったので、駅の周辺案内にあった歴史民俗資料館に足を運んだのだ。DSCN0390.JPG
「温泉はもう入ってきた?」
「いやまだです。帰りに入ろうかと」
「あそこはあったまっていいよー」
 そんな感じで世間話が始まる。駅の温泉は今月の28日までとのこと。経営が苦しいという話は聞いていたが、それほどだったとは。残念ではあるが、今来ておいて良かった。
「トミヒロが絶対いいよ、このあたりだったら」
 話の中で私の今後の行程について聞かれ、未定だと答えると、こう強く勧められた。トミヒロとは、わたらせ渓谷鐡道の沿線にある富弘美術館のことだ。それはすぐにわかったが、この美術館について詳しくは調べていなかった(駅から遠いため)ので、少し戸惑った。
 茶を2杯飲んだところで世間話は終わり、第2展示室へ。第1展示室同様、特筆すべき点はない。地域にこういう資料館があること、地元の小中学生が地域の歴史を学べることに意義があるのだと思う。
 駅に戻って温泉に入る。設備は比較的新しくて先客も多く、とても深刻な経営状態とは思えない。休日だし、年内限りという話を聞きつけて来た人もいるだろうが。それはさておき、風呂のほうはなかなか良い湯で、露天風呂もあり、満足できるものであった。

「美術館、行きますか?」
 バスの運転手さんにこう聞かれたのは、神戸駅前でのことだ。ちなみにこの駅は「こうべ」ではなく「ごうど」と読む。先程の会話で出てきた富弘美術館の最寄駅だ。
 私が乗っていた列車はここで10分ほど停車するとのことで、私は荷物を持って駅を出た。富弘美術館に行くかは決めかねており、とりあえず美術館行きのバスの時刻を調べる。行きだけでなく、帰りも私にとって都合の良い時刻だった。これは行けということだろう。
 バスは大自然の中を進んでいく。乗客は私1人。途中でも誰も乗らず、信号などの障壁もほとんどなく、あっという間に富弘美術館に到着。湖のほとりにあり、晴れてきたこともあって、景色が非常に良い。対岸に見える山は、いくらか雪をかぶっている。DSCN0409.JPG
 500円払って美術館に入る。展示のほとんどが星野富弘氏の絵と詩だ。絵心がないので絵についてはよくわからぬが、詩は心を動かされるものが少なくなかった。
 凝った造りの館内を、ゆっくりと一回り。なんでもない日常から生み出される作品の数々に、いかに自分の心が荒んでいるか、思い知らされた。生活をいっぺんに変えることは無理でも、もう少し豊かな生活ができないものかな。まあ、そう思っただけでも1つの収穫であろう。
 あれこれと哲学的なことを考えながら美術館を出る。ここに来たのは大正解だった。黒保根歴史民俗資料館のおばちゃんに感謝しないと。

「こんにちは」
「あ、こんにちは」
「撮影ですか?」
 神戸駅の近くで写真を撮っていた私に、初老の女性が話しかけてきた。富弘美術館からバスで戻ってきた後、30分ほど時間が余ったので、私は駅周辺をぶらぶらと歩いていた。用事もないのに見ず知らずの人に声をかけられるのは、田舎ならではのことだ。DSCN0423.JPG
「寒いですねぇ」
 日本人が好む極めてオーソドックスな話題、天気の話がしばらく続く。前夜はかなり冷え込んだそうで、山の頂上付近の雪も、前日にはなかったとのこと。こんな話をしていたら、自分が東京から遠くに来ていることを実感する。なにしろ、日常生活では山の姿を見ることすらないのだ。
 しばらく話をした後、初老の女性は階段を降りて駅へ。列車が出るまでまだ20分ほどあるので、私はもうしばらく近辺をぶらついて何枚か写真を撮り、そして駅に戻った。

 東京での単身生活というのは、人と人との繋がりを実感する機会に乏しい。上司や同僚、取引先などは利害関係が介在する人間関係なので、無償の善意を感じることはあまりないのだ。たとえば、会社にお歳暮が届いても、「そういうしきたりだから」と思ってしまったら、心からの感謝の気持ちは持ち得ない。
 そんな生活にどっぷりと浸かっていた私が、2ヶ月ぶりに大都会を離れ、人の心の温かさに触れた。赤の他人なのに、何の得にもならないのに、私に話しかけてくれる人がいる。私をもてなしてくれる人もいる。それがとても新鮮で、ありがたいことのように感じられた。
 残念ながら、東京での生活ではこんな体験はできない。しかし、無償の善意を自分に向けてくれる人がいることは、忘れてはならないことだと思う。損得ばかりで生きていくのは、実につまらない人生だろう。
 月に1度くらいは、田舎に行こう。この日のようにうまくはいかないにしても、地元の人の心に触れることはできる。朝5時半に始まった長い1日を終えて、私はそう思った。
posted by せた at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

東北秋旅・その6

 松島駅のホームに降り立ったのは、少し日が傾き始めた午後2時前のことだった。言わずと知れた日本三景のひとつ、松島の玄関口だが、ホームから絶景を見ることはできない。海までは少し距離があるのだ。
 まずはホームのベンチで食事。一ノ関で買った駅弁「前沢牛めし」だ。買ったのは1時前だったが、車内の状況から食べるのを遠慮しているうちに、こんな時刻になってしまった。DSCN0298.JPG
 弁当の箱に付いている加熱器を作動させ(紐を引くだけの簡単なものだ)ると、湯気とともに肉の香りが周囲に拡散する。これがあるので車内で食べなかったのだ。味の方は言うことなし。もう少しボリュームがあればなお良いが。
 駅で周辺の地図を入手し、外へ繰り出す。最初の目的地は新富山というビューポイントにした。歩いて10分ほどの距離だったが、山というだけあって、かなり傾斜のある坂を登り続けたので、けっこう疲れた。DSCN0307.JPG
 頂上には簡素な展望台があり、そこから松島湾を眺める。天気が良く、点在する島がよく見える。海岸沿いに街並みがあり、ホテルなどの大きな建物が目立つのが難点といえば難点だが、気になるほどでもない。
 何枚か写真を撮り、今度は海岸に向かって坂を下り続けた。海に近づき平坦になるにつれ、建物が増え人も増えてくる。海岸沿いの国道は、車も歩行者も相当な量で、ここが大観光地であることを実感させた。
 人の流れに乗り、小さな橋を数回渡って、小さな島にある五大堂へ。松島のパンフレットやポスターなどでも見かけるお堂だが、海を挟んで撮っているから独特の景観に見えるわけで、至近距離から見てもどうということはない。人が多く、楽しむ余裕もなかった。
 その後、松島海岸駅(先程の松島駅とは別の線)をめざして歩く。某政党の幹事長がこの後演説に来るらしく、その宣伝がやかましい。時候の良い晴天の休日だけに、人が集まり狙い目だというのはわかるが、風情が削減される感は否めない。
 松島海岸駅に着いたがまだ時間があったので、さらに先の方へ行ってみる。このあたりは山が迫ってきていて、観光客はそれほど多くない。海岸付近をぶらぶらと歩き、何枚か写真を撮った。
 松島海岸駅に戻り、仙台行の快速に乗る。座れたので睡眠をとろうと思ったが、隣席の男にもたれかかられ、眠れるような状況ではなくなってしまった。

posted by せた at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

社団戦が残したもの

 社団戦が終わった。長く苦しい戦いが、ようやく幕を閉じた。
 チームの結果は良かった。初日に2敗を喫し、厳しい戦いを強いられたが、最後は入替戦を制して1部昇格を決めた。チームの一員として、それは素直に喜んでいる。
 しかし、私個人の成績は惨憺たるものだった。まるでチームの役に立たなかった。開幕前はかなり意気込んでいて、昨年以上に実戦をこなしていたが、結果は2勝6敗。情けないの一言である。緊急登板となった最終日の1局は、相手の仕掛けをうっかりしていて、全く話にならなかった。
 正直に言って、自分がこんなに使えないとは思わなかった。神将を支えた主力選手、関西個人戦ベスト8としてのプライドもあり、2部とはいえ指し分けが最低ラインだと思っていたが、それすら全く届かなかった。
 出ても負けてばかりというのは、本当につらいものである。団体戦とは苦しさの中に充実感を見いだすものだと思うが、あまりにも負け続けると充実感を持てなくなる。強豪がひしめいているチームでこれだけ役に立たないと、申し訳ない気持ちの方が強い。

「来年はどうしよう?」
 8月頃から、ずっと考えている。チームが2部なら残留してリベンジをめざすというのが有力だろうが、1部に昇級したとなると勝手が違う。おそらく、私の将棋ではほとんど通用しないだろう。1部で出ても、楽しくないし充実感もないのではないだろうか。
 選択肢は4つ。それでも1部で出る、3部のウエスタンBで出る、移籍もしくは新チーム結成、不参加。いずれかを選ぶことになるだろう。
 来年の社団戦が開幕する頃、自分がどうなっているか、そんなことは想像もつかない。転職も考えているし、結婚活動もしている。全く違う環境に置かれていることも考えられ、そうであることを望んでいる。
 ゆえに、今から来年のことを考えるのは、大して意味がないのかもしれない。私の環境だけでなく、ウエスタンの構成も変わっている可能性があるし、そうなるとチーム編成の都合も変わってくる。
 しかし、それでも私は迷っている。どれが正解かわからず、困っていると言うべきか。その時の状況が決めてくれるとは、とても思えない。
 将棋は、いや、将棋の団体戦は、私の人生において大きなウェイトを占めている。その団体戦といかに付き合っていくか、それは私にとって相当重要な問題なのである。

 今年の社団戦が残したものは、無力感と迷い。これを糧に…などというような気持ちには、今はまだなれない。しかし、そんな自分となんとか折り合いをつけていかなければとは思っている。
posted by せた at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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